第6話 許嫁(ツンデレ)
あっという間に月日が流れ、グレイス家からの来客を迎える日になった。グレイス家の車列は昼前頃に屋敷へと到着した。護衛の兵などを合わせるとなかなかの大所帯。さすが名門貴族だ。馬車も豪華絢爛な装飾が施されている。
受け入れる側のロードランド家も、負けじと屋敷内には普段見ない調度品や装飾が幾つも用意されている。貴族同士の会合は意地の張り合いが基本らしい。
ここ数日、ロードランド家はグレイス家からの来客を受け入れる準備に右へ左への大騒ぎだった。使用人だけでは人手が足りず、ロードランド騎士団が総動員された程だ。
俺やニーナはまだ子供なため見ているだけだったが、ナルカは各所へ引っ張りだこで、疲れた顔で戻ってきたナルカはニーナに抱き着いて嫌がられていた。
そんなこんなありつつ準備万端で今日を迎えたロードランド家。俺は父上と母上と並んで、グレイス家の次期当主と俺の将来のお嫁さんが馬車から出てくるのを今か今かと待ちわびていた。
「レインは珍しく緊張しているようだね」
「きっと将来のお嫁さんがどんな子か気になっているのよ」
父上と母上が俺の事情でコソコソ話しているが、思いっきり丸聞こえだ。べ、別に緊張なんてしてないし。ただちょっと、アリシア・グレイスって子がどんな女の子か気になっているだけだ。
両親に結婚相手を決められるのは、この世界だとそう珍しい話じゃないんだろう。特に今回は複雑な政治事情が絡む政略結婚のようで、俺がとやかく言える立場ではなさそうだ。生まれを貴族として設定してしまった以上、これは避けては通れない道なのかもしれない。
だからせめて、可愛い女の子であってくれ! 俺に出来るのはそう願うことだけだ。
やがて屋敷の前に豪勢な馬車が止まり、中から父上と同年代の金髪のダンディなおじ様が現れる。あれがシルヴァ・グレイス様か。
そして、シルヴァ様に抱きかかえられて馬車から降りてくるのは、燃えるような深紅のドレスに身を包んだ、金髪ツインテールの女の子。俺が望んでいた数百倍、顔の整った可愛らしさに溢れる美幼女だった。
彼女がアリシア・グレイス。俺の許嫁なのか……!?
「シルヴァ、よく来てくれた!」
「カシム! 元気そうで何よりだ! 会うのは8年振りであるな!」
父上はシルヴァ様へと歩み寄り、二人は再会を喜び合うような笑顔で握手を交わした。父上とシルヴァ様は王立士官学校時代の同期で、母上によれば互いを認め合うライバル的な存在だったという。それから青春アニメよろしく色々あって、今では親友とも言える間柄だそうだ。
「エリーも久しぶりであるな。カシムとの仲は上手く行っているか? 学生の頃のように喧嘩ばかりしているのではあるまいな?」
「心配無用よ、シルヴァ。こんなに愛おしい宝物にも恵まれたもの。毎日が幸せでいっぱいだわ」
そう言って、母上は俺を後ろから抱きしめる。父上と母上が喧嘩をしている所はたまに見かけるけれど、俺から見ても夫婦仲は良好だ。喧嘩するほど仲がいい。
「それは何よりだ。して、その宝物が君であるな?」
「お初にお目にかかります、シルヴァ・グレイス様。レイン・ロードランドです」
俺は貴族式の敬礼をし、シルヴァ様に名乗った。
シルヴァ様は「うむ」と頷いて、わざわざ俺の目線の高さまで膝を折ってくれる。
「私はシルヴァ・グレイス。君のことはカシムやエリーからの手紙でよく知っているよ。実は君のために王都から幾つか最新の書物を持ってきた。ぜひ受け取ってくれたまえ」
「本当ですか!? ありがとうございます、グレイス様!」
ちょうど、書庫にある本はほとんど読み終えてしまいそうになっていた所だ。新しい本は暇つぶしには丁度いい。
思わずテンションが上がった俺に対し、グレイス様は「はははっ」と笑う。
「喜んでくれて何よりだ。噂では2歳で読み書きをマスターし、6歳にしてあらゆる歴史書を読み漁り、剣の腕はあの精強を誇るロードランド騎士団も顔負けの天才少年だと聞いていたが、そんな君でも年相応に子供らしいところがあるではないか」
「その手の話は大概、背ヒレや尾ヒレがついて伝わるものですから」
「その受け応えが出来るだけで十分に噂に真実味を感じることができる。君であればきっと、私の愛しい暴れ馬も乗りこなせることであろう」
「暴れ馬?」
「来なさい、アリシア」
シルヴァ様は、馬車の傍に立っていた娘をこちらに呼び寄せた。呼ばれたアリシアは頬をぷくーっと膨らませている。
「あんたがレイン・ロードランドね?」
ずんずんと歩いてきたアリシアは、腰に手を当てて俺に問いかけてくる。
「初めまして、アリシア様」
俺が貴族式の敬礼をすると、アリシアは思いっきり右手を振りかぶった。そして右手の平が俺の頬へ向けて飛んでくる。強化されたステータスのおかげで、その動きは止まって見えた。
軽く左手でアリシアの張り手を受け止めると、今度は左手が飛んでくる。それも右手で受け止めて両手の自由を失ったアリシアは、めげずに頭突きを食らわせてきた。
結果、アリシアは涙目でプルプル震えながら頭を押さえて崩れ落ちる。ステータス差から考えて岩に頭突きをしたようなものだろう。避けてあげた方がよかったかもしれない。
「ど、どんだけイシアタマなのよぉ~!」
「こ、こらアリシア! いきなり何をしておるのだ!?」
「おとーさまのうそつき! だいきぞくのおよめさんにしてくれるっていったのに、へんきょーのいなかきぞくじゃないっ!」
「お、おいアリシア!」
どうやらアリシアはまだ、王国でのロードランド家の立ち位置がわかっていないようだ。確かに辺境の田舎貴族ではあるんだが、同時にリース王国北方の守りの要を任されている大貴族でもあるという。ここら辺は子供には少々理解しづらいだろう。
「若い頃の君にそっくりじゃないか、シルヴァ」
「本当ね。学生時代のあなたも、カシムを辺境の田舎貴族って」
「そ、その話は忘れるのだ! とにかくアリシア、ロードランド家は魔族の侵攻から国を守る重要な役割を代々担ってきた立派な――」
「しらないしらないしらない! おとーさまのバカっ! だいっきらい!」
「あ、アリシア!?」
アリシアはそう叫ぶと、俺たちに背を向けてどこかへ走り去ってしまう。シルヴァ様はすぐに追いかけようとしたのだけど、それを俺は呼び止めた。ここでシルヴァ様まで居なくなったら、さすがにグレイス家の面目が潰れてしまう。
「お待ちください、シルヴァ様。アリシア様のことは俺にお任せを」
「君に……? し、しかしだな」
「大丈夫です。子供同士の方が何かと通じ合えることもあるかと思います。何より、アリシア様は将来、俺のお嫁さんになる方なので。俺が迎えに行くのが筋というものでしょう」
「まあ、レインったら!」
俺の言葉に母上がなぜか嬉しそうな笑みを浮かべる。シルヴァ様は少し考え込んでから、俺の肩に手を置いた。
「……わかった。将来の我が息子よ、すまないが娘のことをよろしく頼む。あれで家では甘えん坊な可愛い娘なのだ。素直になれないだけで心さえ開いてくれれば、きっと君のこともよく慕ってくれるだろう」
「はい。その時を楽しみにしています。では」
俺はシルヴァ様に一礼し、ナルカに目配せをしてからアリシアを追いかけた。
さて、将来美人になること間違いなしの、俺のお嫁さんのご機嫌取りに向かうとしよう。
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