第2話

 その日の話。

 私は、母と交通事故に遭った。


 その時、利き腕を失った。

 

 他人は言った。

「左腕なのが、不幸中の幸いだね」


 と。


 その眼差しは、何も攻撃的な赤い光はない。

 ただ、思ったことを言っているだけ。

 何も悪意はない。


 私は、

「だね」

 と言い返す。


 相手は、笑っているようには見えない。

 でも、そこに不思議な笑いを感じた。


 まるで、「自分じゃなくて良かった」と言わんばかりに。



 そして、私は、普通が良かった。

 でも、ただ呆然と靡くその左袖に温かみなど無い。


 上腕から無いその腕は、時に傷んだ。

 燃えるような熱さに悶え苦しみ、蹲っている私をクラスメイトは不思議そうに、また動物を見るような目で「私」を「観察」していた。


 でも、そこにも悪意は無かった。



〜現実〜


 コツコツとヒールが音を立てている。


 街頭が灯り、薄暗い帰り道。


 夜風は、優しく吹き抜け夏の気温を持ち去っていった。

 同時に、揺れる筒状の布。


 今日も何も無かった。

 ただ、時間が過ぎていったに過ぎない。


 でも、家に帰ればあの人が居る。

 あの人。


 あの人。


 アパートの階段を上がり、自室のドアの前に着いた。

 中から音が聞こえる事など無く、その扉を開ける。


 通路の蛍光灯がパチンと音を立てた。

 一瞬、視界が暗くなる。


 でも、それを感じ無い程に明るい光が、目に飛び込んでくる。


 人影と暖色の照明光。


「おかえり。ご飯できてるよ」


 そんな声が聴こえてくる。


「ただいま」


 明るい明日が来ることを願って、家に入る。

 最後に通過した薬指にキラリと光沢が有った。



 時刻として、二十三時を回ろうとしている頃。

 月曜日から、残業で帰りが遅かった。


 昨日の華やかな時間が、色褪せていくのが分かる。

 

「昨日の結婚式みたいな式がしたいね」


 彼がそんな事を呟いた。


「そうだね」


 食卓に向かい合って座っている。


 食事に少々手惑いながらも、事を済ませ片付ける。

 その後も、何もなく順調に。

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