天に還るとき

みやぎ

第1話

「つんちゃん‼︎」

「のわっ」






 俺、天野翼あまのつばさ、中学3年生。受験生。






 帰ってきた家の前で、白い体操服と青いハーフパンツのチビにいきなり抱きつかれて超絶びびった。






 今はセミがうるさい夏休み。



 日差しじりじり、照り返しむんむんの暑い夏。






 え?だ、誰?な、何?



 ってか、つんちゃんって。つんちゃんって。






「本物のつんちゃんだ‼︎会いたかったよー‼︎」






 青いジャージのチビは、俺にぐりぐり抱きついてそう言って、ぱって俺を見上げた。






 汗すげぇ。どっから走って来たんだ?っていうか暑い。






 チビは推定身長155…弱。ちなみに俺はまだ伸びてる成長期で173。






 汗に濡れる茶色っぽいショートヘアの、ちょっと待て、まじ誰これ?






 よく見ると髪と同じように茶色っぽいぱっちり二重の目が涙と涙以外のキラキラでキラキラの、俺好みどストライク100%の、美少女。






「久しぶり‼︎」






 だから、誰。






 でも、そのにっこり笑顔にどっきん。






 心臓が一瞬で撃ち抜かれた。






 ちょ、まじで、あっちにも居なかったぞ、こんだけの美少女、なんて。






 あっち。父さんの海外赴任先。






 小4の途中からずっと俺は金髪碧眼が普通にいたところに住んでたけど、金髪碧眼より全然超絶美少女ってすげぇ。日本やべぇ。抱きつかれてる俺すげぇ。日本だよな?ここ。最近の日本人はみんなこんななのか?ついにハグとキス文化になったのか?






「………つんちゃん?」






 茶色の美少女が俺を見上げて首を傾げる。



 不安げな表情で。






 つんちゃん。






 ああそうだ、小学生の頃、俺は確かそんな風に呼ばれてた。



 翼。だからつんちゃん。何でそこにイコールが成立するのか分からない、ガキ特有の謎のニックネーム。






 でも俺の記憶に俺をつんちゃんって呼ぶこんな超絶美少女は居なかった………はず。






 つんちゃんってずっと呼んでたのは。



 つんちゃんってずっと呼んでたのは。



 つんちゃんってずっと俺を呼んでたのは………?






「つんちゃん、もしかしてオレのこと覚えてないの………?」

「え………と?」






 はい、その通りです。俺に抱きつく超絶美少女ちゃん。



 俺にはキミが誰だかさっぱり分かりません。



 俺をつんちゃんって呼んでいたのは、確か。



 いつもいつも俺の後ろをくっついて来てた………。






『つんちゃんっ』

『つんちゃんまって』

『つんちゃんあそぼ?』






 日本の年度始め、4月3日生まれで昔からデカかった俺とは逆に、早生まれ、3月の終わりぐらいが誕生日な上に、小さく生まれた。






 四ノ宮史季しのみやしき



 隣の家の、幼馴染み。






「………つんちゃん」






 うるっ………て、みるみるうちにそのぱっちり二重な茶色い目に涙がたまった。



 涙が浮かんでたのはさっきもだけど、さっきのは嬉し涙。けど今は。






「え、あ、ちょっと」






 ううううう。






 美少女が俺から腕を離して一歩下がって下唇を噛んだ。



 ぱたぱたぱたって落ちる涙。






 泣かせた。



 俺が。



 こんな超絶美少女を。






 ………って、学校の体操服姿だけど。






 あ。






 そこで気づく俺。気づいた俺。



 体操服。ゼッケン。






 そこに書いてある名前。






「………の」

「え?」






 俺がそれに気づいたと同時に、超絶美少女が俯いて何かを言った。






 聞こえない。何?






「………つんちゃんの」

「………?」

「つんちゃんの、ばかあああああっ」

「え」






 超絶美少女………いや、違う。美少女に見えてこいつは男だ。






 やっと分かった。ゼッケンで分かった。



 こいつは四ノ宮史季。



 小さく生まれて小さく育った、約1才差の同学年の幼馴染み。



 いつもいつもつんちゃんつんちゃんって俺について来て………。






『つんちゃん、だいすきだよ‼︎』






 って、いつもいつも。






 両手をぐーにしてしい………史季は力いっぱい叫んだ。



 そして一瞬やべ、言っちまったって感じに俺を見た。



 そのとき俺は上記の言葉を思い出していた。



 だから結果出遅れた。






 ぱっ………て。



 史季は相変わらず小さな身体を素早く翻して、走って逃げた。出遅れて何も言えずできず、な俺を残して、隣の家に。






 涙。






 泣いてた。今。すっげぇ。






『つんちゃん‼︎つんちゃんやだ‼︎行っちゃやだ‼︎つんちゃん‼︎つんちゃん‼︎』






 うわあああああん。






 父さんの海外赴任が決まって、そう告げた日。



 しいは………史季は、泣きに泣いて泣いて泣きまくった。



 あまりに泣くから俺も悲しくなって一緒に泣いた。






 ………恥ずかしい黒歴史だ。






『会いたかったよー‼︎』






 ごめん、史季。



 すぐに分かんなくて。






 追いかけて直で謝った方がいいのか。






 思ったけど。一歩出たけど。足。






 5年。



 あれから5年。






 大きく息を吐いて、俺は史季の家の隣の自分の家に入った。

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