一つの帝国、五人の英雄

浅井烏

赤の章:最後の英雄、レオン・スフォレッド

革命の口火

 レムレス帝国南西部。港町ポート・ド・ルーブ


「お姉ちゃん見て見て、やっと帰って来たよ、遠征隊の船」

「まったく、貴族というものは期日を守らないのが当たり前の生き物のようだな」


 港の一角、管理組合の建物の二階から、女性が二人、帰ってくる船を眺めている。

 上等な服をまとい、この時代では最新鋭の望遠鏡を手に持っている。


「でもおかしいよ、あんなにボロボロなんて、何かあったのかな?」

「はん、どうせ異教徒どもに負けて帰ってきたんだろう。……まあ皇帝陛下の威信が揺らぐことはいいことだ、ただでさえ税制問題で関係が悪いんだ」


 お姉ちゃんと呼ばれた側、港町によく似合う青い髪の女性はシャルロッテ・フルージュといった。

 シャルロッテはポート・ド・ルーブの政治家である。夢は帝国政府の政治首班になること。町の議会はそのための踏み台に過ぎないと考えていた。


 政治家、官僚としては極めて優秀なものの、その途方もない野心を警戒されて、今はすっかり閑職に回されている。


「うんうん、あいつら人を油糧作物かなんかだと思ってるよね。この隙に、帝国のほうに恩を売る? それとも弱った連中を買収して、今度の帝国議会で私たちに都合の良い法案でも通させる?」

「……そりゃあいい。しかし、まずはあの船の連中から事情を聴くのが先だ。修理代だの延滞料だの、取れるもんは取ってやろうじゃないか」

「帝国連中からは税を取られまくってるもんねえ、取り返さないと」


 もう一人、妹のほうはヨゼフィーネ・フルージュ。朝や夕暮れ時の海のような、緑色の髪が自慢だ。

 ちょっぴり引っ込み思案で内向的、しかし、諜報能力に長け、上役やライバルの弱みを握って脅したりしながら出世した過去を持つ。


 こちらも同じく能力を危険視され、やはり閑職に回されている。


 全くどうしようもない姉妹である。


「取り返す……、そうだな、行くぞヨゼフィーネ。交渉は私がやる」

「はーい。あ、あの船で、なんか良さそうな人探していい?」


 この場合の「良さそうな人」とは、ヨゼフィーネにとって都合がいい人間。ということだ。


「好きにしろ。……あまり遠くまで行くんじゃないぞ?」

「子供じゃないんだからそんなこと言わないでよ、まったくもう」



 ポート・ド・ルーブは帝国南西部に位置する自由都市群を構成する都市の一つである。

 このあたりは海流もよく、漁業商業問わず多数の船が行きかう帝国にとって重要な商業圏だ。


 そして、もしこのレムレス帝国が治める大陸を離れて南に向かうなら、このポート・ド・ルーブこそが玄関口である。

 旅人や商人が使う乗り合いの定期連絡船もあったが、それはあくまで個人レベルの話。

 もし軍を動かすならば、ここで船を借りるか買うかするのが一般的であった。


「ねえねえお姉ちゃん、私ずーっと気になってたんだけど、船の代金を私費で出すってどういう風の吹きまわしだったの? そんなもん議会というか、この都市の金庫から出させりゃいいじゃん。今更いい顔して、あいつらが私たちになびくと思う?」

「ふふん、甘いな妹よ」


 シャルロッテは自慢げに言った。


「いいか、金が動く場所には当然好機が生まれる。そして、私が今までかき集めた金を使ったことで、あいつらはこの金の動きに介入する手段を失った、というわけだ。船代だけじゃない、修理費やらを吹っ掛けるのはそのためだ」

「はいはい、つまりは横領と着服だね、お姉ちゃんはとても賢い。私にはとてもそんなことできないなあ」


(相変わらず陰険な妹め、人を操るにはいつまでも裏にいることは出来ない、と言ことを理解できんものかな)

(お姉ちゃんの投機グセ、何とかなんないかなあ? いつか、すっごい痛い目を見そうで怖いんだけど)


 この姉妹、人を操りたがる陰謀家というとこまでは共通しているのだが、手段や考えの差異により、純粋に仲がいい、とは言い難いのだ。

 さて、そうこう話していたフルージュ姉妹はポート・ド・ルーブの埠頭までたどり着いた。



 遠征軍の船は何とか接岸、錨を下ろして停泊していた。

 負傷兵は優先して船から降ろされ、後に残った面々の前に、フルージュ姉妹は現れたのだった。


「私はポート・ド・ルーブ議員シャルロッテ・フルージュ。……そこの貴公、お疲れのところ悪いが、ガイ公爵に取り次いでもらう」


 ずかずかと船に乗り込んできたシャルロッテに、呼びかけられた騎士は応対する。

 赤みがかった茶髪に若々しい顔つき、騎士というには少し若すぎる印象を受けるが、頭髪に合わせて赤を基調に仕立てられたその鎧は、もちろん庶民には手が出せないものだ。


「俺はガイ公爵に雇われた騎士、および司令官代理、名はレオン・スフォレッド。ガイ公爵が戦死したため、臨時で指揮を執り帰ってきた。というわけだ」

「そうか、これは失礼した、レオン殿。ではガイ公爵に……え?」


 最悪の言葉が聞こえた気がして、シャルロッテは聞き返す。


「い、いま、なんて……?」

「だから死んだんだよ。ガイ公爵は死んだ」


 信じられない、といった顔でシャルロッテは憔悴する。


「で、では、公爵領や資産の相続は? 息子とか、親戚とかに相続が起こったのでは?」

「寡聞にしてそういう話は聞いたことがないな。恐らく断絶したんじゃないか」


「ば、ばかなっ。……お、終わりだ……、金が……負債が……。議会に何と報告すれば……」


 よたよたと倒れるシャルロッテ。ヨゼフィーネは「わあ」と口元に手を当てるだけで何もしなかった。


 ―――


 レオン・スフォレッドはカカリス島という小さな島の領主の三男だった。


 当然土地の相続なんて期待できず、食い扶持は自分で探さねばならなくなった。これも時代の流れである。


 幸いにも軍人としては引く手あまた。何しろ異教徒に対する遠征軍が呼び掛けられていたからだ。軍の知識がある人間は何人あっても多過ぎることは無い。


 レオンは運よく、その中でも一部隊を任されることができた。

 雇い主の名前は公爵ガイ・ド・ナルジン。帝国屈指の戦士である。


 レオンの仕事はガイが前線に出る間の、残りの部隊の司令官。


 ……しかし


 遠征は見事に失敗。ガイは行方知れずとなり、戦死として処理された。


 レオンは残された部隊を率いて何とか敵地から脱出に成功。今に至る、というわけだ。


 ―――


「船を借りていたのはあくまでガイ公爵だ、俺は雇われていただけの人間。返済義務は何もない。……すまなかったな」


 倒れたシャルロッテを船室の一つに運び込み、そこでレオンとヨゼフィーネは話の続きをしていた。


「……こっちこそお姉ちゃんがごめんなさい。失礼だったでしょ? その、言い方とか」

「優秀な政治家じゃないか。物怖じせず交渉ができるのはいいことだ」


 レオンにそう言われて、ヨゼフィーネはほっとしたような表情になる。


「あっ、わ、私は妹のヨゼフィーネです! よろしくお願いします! ……それでね、お姉ちゃんはね、この仕事に失敗するといよいよ危なかったの、隠そうともしない野心のせいで、議員連中からは睨まれてばっかり」


 ヨゼフィーネはわたわたと喋った、あまり人と話すのが得意ではないらしい。


「俺たちと一緒だな」


 その言葉を聞いて、はっとしたような顔でヨゼフィーネはレオンの顔を見た。


「一緒……?」

「こっちは雇い主、主君を見捨てて逃げてきたんだ。正攻法じゃあやっていけない」


 レオンはシャルロッテの言葉を思い出して、「この二人は信用できるか?」と少し考えた後にこう言った。


「俺たちは革命を起こす。帝位を奪い取るんだ。……遠征先でエブナード公とアーブ公も反乱を起こすと言っていた。早い者勝ちだから完全ではないが、一応は味方もいる」


 その言葉を聞いて、ヨゼフィーネはとことこシャルロッテに駆け寄り、ゆさゆさと揺さぶり起こす。


「ねえねえお姉ちゃん」

「お姉ちゃんってば」

「この人たちを使うんだよ!」


 その言葉で飛び起きた。シャルロッテは利用とか、手駒とか、そういう言葉が大好きだった。


 ヨゼフィーネはたどたどしく説明する。

 レオンたちが革命を起こそうとしていること。どうせ帰ってこない金と地位を取り返そうとするより、新体制のポストを狙ったほうが得だということ。

 おおむねそういうことだ。


「し、しかし、革命なんて、帝国を敵に回すなどと……」

「どうせお姉ちゃん睨まれちゃってるし、これ以上出世できないじゃん」

「ぐ、それはそうだが……」


 シャルロッテはきまりの悪そうにレオンを見る。


「……一つ聞くが、勝算はあるのか?」

「ある、今の帝国政府ははっきり言ってガタガタだ。先の遠征も、貴族は随分と軍を出し渋っていたし、皇帝に近い連中は少なくない人数が捕虜になったり、死んだりした、仕掛けるなら今だ。……さっきも言ったが、エブナードとアーブの公爵様も動いている。どさくさに紛れて領地を切り取るだけでも違うはずだ」

「そ、そうか、あれはそういう! む、むむむむむ……!」


 レオンに断言され、頭を抱えてうなるシャルロッテ。

 もしかしたらいけるかもしれない、ただ、リスクをとれるほど度胸のある性格じゃない。

 そういうわけで、踏ん切りがつかなかったのだが……


「レオン殿、貴方の配下の被害はどれほどだった……?」

「負傷兵は数十人は出たが……奇跡的に死人はゼロ、俺に任された指揮官も……まあしばらく安静にする必要はあるが、全員命は無事だ」


 この言葉を聞いてシャルロッテは決心する。これほどの軍事的天才なら、もしかすると自分の夢も叶うのではないか?

 帝国政府のトップに上り詰めることも夢ではない、そう目の前の男には感じさせられたのだ。


「……ふっふっふ! 革命だ、戦争だ! もうこうなったらやるしかない!」

「うんうん、やるしかないよ、お姉ちゃん。レオン様がついてるんだ、私たちは勝てるよ」


(なんか、とんでもないものを抱え込んじゃったんじゃないのか? ……まあ、政治ができる人間は何人いても困らないだろ、きっと……)


 この姉妹に対してこう思う段階で、レオンにはさほど政治的センスは無い。


 ともかく、ここにスフォレッド革命軍が結成。後の世にレムレス革命とされる出来事の始まりである。

 革命戦争とは名ばかりの、内乱の引き金を引いたといえば、まあその通りなのだが……。

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