3章 1話 赤の女王1

隣国へのメイク用品の売り上げは好調で

ファンデーションの制作の方もカバー力は申し分ない物が作れるようになっていた。

後は伸びや付けた後の時間経過が崩れないかの微調整をする段階に入ってはいるが

サナはこの仕上がりだと王女は満足しないだろという、逆の確信を持っていた。



「耐久性を上げたら使用感が悪くなるのは仕方ないだろ!どちらかしか選べない!痣が隠れるなら問題ないだろう」

「一瞬綺麗に隠れたとしても、顔は自分では見る事が出来ないので常に崩れてないかを気にしなければならないのであれば意味がないんです!

少しでも長い時間、今の私は間違いなく美しいと信じ込める事こそが化粧品の存在意義です!」


そんないつもの口論をしていると、ドンドンと忙しなくドアを叩かれた。


「何だ?製造ラインの問題か?」とユリウスが怠そうに訊ねながらドアをあけたが、そこに居たのは久しい人物、兵士のカルロスだった。


「あら、カルロスさんお久しぶりです!どうされました?」「大変だ!とにかく今すぐ城へ来てくれ!」

なんの説明も受けないまま、カルロスが連れて来た馬車に押し込まれるように乗り込んだ。


馬車に乗り、やっと会話をする余裕が生まれた

「一体どうしたんですか?」

「女王陛下がお倒れになったんだ!」

「えぇ!!!!」

「今は意識もあるし、会話も出来るそうだが、正直いつどうなるか分からないそうだ…」

「でもそんな王室の一大事に、何故私達が呼ばれるんですか?」

「何言ってるんだ!貴殿らの刑の執行を抑止してくれていたのが女王陛下なんだよ!」

「女王陛下が?」


「最初は王女も面白半分で貴殿達の挑戦を受けたけれど、1ヶ月としない内に痺れを切らせて居たんだよ」

「え!?」完全に初耳の情報に2人とも驚く

「それを女王陛下は宥めて、当初の約束の期日までは守るよう説得してくれたんだ…でももし亡くなったりしたら、今すぐにでも処刑を再開しかねない。例の痣を隠せるものの開発は進んで居るのか?」

「…完璧なものはまだ…」

「それなりには出来ているならそれを提出するしかないだろうな」

「でも…それでは結果は同じです」

そこからは誰も口を開かないまま城に着いた。


城の中は慌ただしい雰囲気で溢れていた。

最上階の部屋まで案内される途中、廊下ですれ違う使用人達も皆動揺を隠せない様子だった。

途中カタリナも合流したが、落ち着かない様子だ。


「女王陛下は大変お優し方で…ここで働いて心が荒んだ人達も、陛下のお言葉で救われた人は沢山居るわ。先日のランドリールームの労働環境に関しても直ぐに対応してくれて、今では3部体制で無理なく働ける様になっていたの」

と、カタリナは語る。

「でも…もし陛下がお亡くなりになったら…王女がこの城…いえこの国を納めるようになれば、私達は皆ブラントさん達の様に心を痛めてしまうでしょう」

その話を聞き、会った事のないサナ達ですら喪失感で胸が締め付けられる思いだった。



案内してくれた年配のメイドさんが重厚な赤い扉をノックすると、中から凛とした男性の声が返ってきた

中に入ると、簡素なイメージの城の中で唯一、温かみを感じる可愛らしい装飾がそこかしこに施された部屋だった。

まるで冷え切ったこの城や国を唯一温めている女王陛下を体現するかの様な部屋だ。


返事をした声の主の男性は

「陛下専属の執事をしております、ミゲルと申します」

と挨拶をしてくれたが、役職の割にはかなり若く見える。


ミゲルは無駄のない身のこなしで、陛下の枕元まで2人を案内した。

大きな天蓋付きのベッドに横たわる女王陛下は、とても小さく見えた。


「お初にお目にかかります。サナと申します」

「お初にお目にかかります。ユリウスと申します」

2人は揃ってお辞儀をしたが、女王陛下はもう起き上がる事も辛そうで、ベッドに横になったまま薄く微笑んだ。

「お呼び立てしてごめんなさいね。貴方達に謝らなければいけないと思って…」

「謝る?むしろ私達の庇って頂いてと先程聞いて、こちらが感謝を述べ無ければならない立場です!」

「本当はもっと貴方達を助けてあげたかったのだけど…もう私にはその力は残ってないみたいなの」

そういうとサナの手を握り、悲しそうに

「ごめんなさいね」と繰り返した。

「昔はね、この手で何でも出来た気がするのにね。困っている人を助けて、迷っている人を導き、悲しんでいる人を慰める…そんな何でも出来た気がしたわ…でももう、こんなシワシワの手では何も出来なくなってしまったわ」


サナは何か言いたいけど、口から出す事が出来ず喉の奥で言葉が枯れた様だった。

会話も無いまま、ただ数分女王陛下の手を握り返すだけだった。


すると突然サナが、弾かれた様に顔を上げ、いつものギラギラとした様相に変わり始めた。


「陛下は、赤がお好きなんですか?」

と唐突な質問をぶつけた。

それには陛下も少し驚いた様子だったが、扉や天蓋付きのベッドも赤を基調としているので、何故そう思ったかは疑問の余地がない。

「えぇそうよ。昔は社交界でもいつも赤のドレスだったわ。結婚指輪も赤なの」

と左手を見せる

「とても素敵です」

サナはそう言ったが、ユリウスの目には今の状況に不釣り合いな程キラキラと光る宝石が何だか悲しげ映った。


その後、少し自分の身の上を話したサナは

「陛下、大変名残惜しいのですが、我々は作らなければいけない物があるので、今日は失礼させて頂きます。来週の今日と同じ時間またお会いして頂けますか?」

と尋ねた。その質問には、今までずっと笑顔だった陛下が眉を少しだけ寄せ、少し迷った様子だったが

「えぇ楽しみにしているわ」

と最後は笑顔で応えてくれた。


研究室に戻って来ると、陛下の噂を聞き付けたのか協力してくれている仲間達が皆揃っていた

「どうだったの?」「陛下の容態は?」「化粧品作りはどうなるの?」と口々に質問を投げ掛けて来たが、サナは制止して高らかに宣言した


「今からファンデーション作りの工程は全てストップして、違うも物の作成を全員で取り組みます!」

「は?何を言ってんだ!今は一刻も早くファンデーションを完全させなきゃいけない状況だろ!」

と大工のアーロンが声を荒げる

「もっと先に今すぐ作らなきゃいけないものが出来たんです」

サナの声はどこまでも冷静だ。

「それは俺達の命より大切だというのか?」

とアーロンは食い下がる

「命より大切かは分かりませんが、命を救える可能性があるものです」





「マニキュアを作りましょう!」

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