2章 9話 2mmの殺意3

「そうなると次は洗濯係の所だな」

「こっちには私も知り合いが居ないから少し不安なんだけど…とりあえず話だけでもしに行ってみましょう」


カタリナに続きながら冷たい石の壁に囲まれた階段を3人列になり降りて行く。

「どうしてこんなに地下にあるの?」

「ランドリールームは王女のドレスなどより使用人達の制服とかタオルなどの汚れた物を洗う事の方が多いから、地下に落としているの」

「まるで俺達が捕まっていた監獄のようだな…」


扉を数回ノックすると、年配の男性が顔を出した。

責任者と思しき男性は、同じ責任者でも料理長のダンテさんとは随分印象が違っていて痩せ細っていて、突然の来客があからさまに面倒臭い様子だ。

カタリナが見学したい旨を伝えると、渋々と言った様子で中に入らせてくれた。


責任者の男性は「ブラントだ」と短く名乗り、3人に握手を求めた。心底面倒臭がっている訳では無さそうだ。

彼の手は乾燥して荒れているが、出血まではしていなかった。


中に入ると陰気な外観とは打って変わって、シーツやタオルで白一色だ。

地下のひんやりとした空気も相まって雪の中に居るようだった。

「わぁ何か幻想的ですね!」

「こんなもん見て喜ぶ人も居るんだな…」

とブラントはどこか悲しそうに言う


すると若い男性が1人、台車で荷物を運びながら、メモを確認していて、前を見ないままサナ達に近付いて来た

「父さん、これもう終わったから向こうに運んでいい「おい、ちゃんと前を見ろ!危ないだろ!」と言い切る前にブラントが叱責すると若い男性は顔を上げた

「あ、お客様だったんですね。すみません」

「息子のフランです」とブラントが紹介する。


紹介されたフランは帽子を取り微笑むが、眩しいくらいの鮮やかな金髪と青い目をしていて、かなりの美青年だった。

「どうも、新人さんかな?」そういって握手を求め差し出された手を、サナは両の手で掴みまじまじと見る

手には無数の切り傷があるが、洗剤で荒れてそこから出血しているようだった。

「痛そうですね」

「あぁ…まぁそうですね」

「この傷の数ではずっと痛みがあるでしょう?」

「こんな傷気にしてたんじゃ仕事にならないんだよ」

と苦笑いしながら答えるフランに、サナもはや睨んでいると捉えられる程の眼力で

「どんなに小さな傷だって、痛いと思って良いんですよ」

と言い返した。そう言われて、余程予想外だったのかフランは目を見開いていた。

「危険な感染症になる事もあります。治す努力をするべきだと思いますよ」

とユリウスも口を挟む。

だがフランは「治療をしたくても、休む事が出来ないから…」と苦笑いするだけだった。

「他の従業員の方は?」

カタリナが不思議そうに尋ねると、これにはブラントが答えた

「私達2人だけです」

「「「え?」」」

カタリナすらも知らなかった様で一緒に驚いている。



もう三人の中で疑惑が核心に変わり、目配せをした後

カタリナが手紙を二人の前に広げて見せた

「あの、これはお2人が…?」

フランは一瞬目を見開き咄嗟に手紙を奪い取ろうとする仕草をしたが、手を伸ばし切る前に諦めたようだ。

ブラントの方は、もうどこか観念したような態度だった。


「どうして毒殺なんて…」

サナが尋ねるが

「…女王に報告しますか?」

と、フランは警戒した様子のままで事情を話す気はなさそうだ。

「しない為に僕達は犯人を探しに来ました。そんなつもりはありません」

ユリウスがそう伝えても親子はホッとする様子も無く、どこかひんやりとした態度のままだ。



しばらく無言が続いたが、どこか観念したように語り始めたのは、父ブラントの方だった。

「情けない話かも知れませんが、私ども家族はもう疲れてしまいました。

来る日も来る日も毎日この地下で洗濯をし続けて、解放される見込みもなく、外界の情報も何も入って来ない…それに手の痛みも永遠になくならない…」

そう言いながら、乾燥した手を擦り合せる。

「私はどうしても息子を解放してやりたくて…手前味噌ですが、息子は容姿に恵まれて居るので、本来は沢山の人に愛されてもおかしくないのに、こんな地下で誰とも顔を合わせず、何の評価もされず生涯を終えるなんて余りにも可哀想過ぎる…」


「でも毒殺なんて方法を選べば、給仕係りのカタリナが真っ先に疑われて居たかもしれないのですよ?」

サナが語気を荒げる

「自然死に見せ掛けられない以上、誰かが息子の代わりに疑われる事は予想していました。息子の人生と会った事も無い給仕係りの方への迷惑では、息子を選んでしまいました…」

ブラントの目の縁に溜まっていた涙がとうとうボタボタと石の床に染みる。

「本当に軽率な考えで申し訳ない…」

そう言いながら細い膝を床に着き、土下座をした。

「待って下さい!私はそんな事をして欲しかったんじゃないんです!貴方達だって被害者なんですよ…」

カタリナはブラントの肩を掴み土下座を辞めさせようとするが、力なくそのまま座り込んでしまった。

「でも仕事がキツくて手に傷が出来たくらいで」

その言葉にサナが反論する

「たった薄皮1枚で、人生が変わる事もあるんです」

その言葉に俯いて泣くしか出来なかったブラントが、ハッとした様に顔を上げた。


「王女も、薄皮1枚で人生が大きく変わってしまった方なんです。噂で聞いた事があるかも知れませんが、王女の顔には大きな痣があります。私達はそれを隠すための色の付いたクリーム【ファンデーション】という物を開発しています。

傷を隠す事が出来て、王女の心の傷も少しずつ癒す事が出来れば、この国は変われるかもしれない。

少なくとも私達の様に処刑対象として労働させられる人は居なくなるかも知れない…そんな希望の為に今、頑張っています」


「お2人にとって王女を殺害する事は、世界を変えるための起こそうとした行動だったのだと思います。でも今すぐは無理ですけど、もう少し待って貰えませんか?私達が誰の命も奪わず、笑顔と共に世界を必ず変えてみせます!」

カタリナは床に膝をついたままのブラントを起こしながら

「直ぐに全ては変えられないかも知れないけど

私も上の人にランドリールームに人員を割けないか聞いてみます。数名でも増えれば負担は軽減出来るはずです」

ユリウスも

「俺も労働環境を改善出来る物を思い付いたから、今より少しはマシに出来るはずだよ」

と二人を励ました。


顔を見合わせ、少しだけ微笑み合った親子にサナは

「それと、フランさんにお願いがあって…」

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