第20話 エセ富士山

私がまだ小学生だった時分、お盆休みには母親の実家に行くという習慣があった。

私には姉が一人いる。

母親にも姉が一人おり、彼女には娘が3人いる。

すなわち母の実家に帰省すると、祖母と母と姉と叔母と3人の従姉妹という女性陣の数に圧倒されてしまうこととなるのだ。

祖父は私の生まれるとうの昔に亡くなってしまっており、男は私と父のみとなってしまう。

私は子供ながらに肩身の狭い思いをしたものだ。

私でもそう思っていたのだから、ただでさえ義実家だというのにその様な男女比で過ごしていた父のやりづらさといったら私の比ではなかっただろう。

夜になるとお喋りに興じる女性たちをよそに、私は父と映画を観ていることが多かった。

その日はテレビでやっていた、ダイヤを隠しておいたビルが警察署になってしまったので偽警官になって警察に潜り込む泥棒の話の映画を観ていたのだが、父はあまり好みでなかったのか唐突に散歩に誘ってきた。

映画の先の展開が少し気になっていて行くのを渋った私に父は言った。

今行けば富士山が見えるぞ、と。

冷静に考えれば富士山が見えようはずもない。

だいぶ離れているし、何より夜中のことだ。

よく晴れた日中であればいざ知らず、そんな時間に富士山が見えることはあり得なかった。

しかし、父に連れられるままに歩くと私は見たのだ。

真っ黒に聳え立つその雄麗なる富士の山の姿を。

その日以来私が夜の真っ黒な富士山を見ることはなかった。

だがその光景を忘れることはなかった。


それから二十数年が経ち、父親が亡くなった。

慌ただしく葬式が終わり、夜中少し外の空気を吸おうと玄関から出たその時唐突に真っ黒な富士山が姿を現した。

なんとなく見られそうな気はしていたのだ。

しかしあの夜から父親とこの富士山の話はしたことがなかったな。

どうして何も聞かなかったんだろうか。

今となっては後悔してももう遅い。

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