昨夜もシラピは雨を動く

鳩芽すい

No.1

 雨が降っている。


 路面も電柱も、赤っぽい街灯に黒く照らされながら泣いていた。


 視界は曇り、雨粒ははじけて冷たい外気に晒されたふくらはぎにぶつかる。


 全ての物が平等に灰色のベールに包まれる夜の街で、滴る水滴と纏わりつく水分に全部位を浸されながら、その小さな人型の物の表情は浮きも沈みもしない。


 長い白髪や完璧に設計された顔が泥に穢されても、気にもとめない。


 濡れ雑巾を被るように身につけた、誰かに着飾られたことを微かに覚えているくらいに思い入れのない服も、雨が止めば自然に乾くので気にしない。


 この程度の悪天候、高性能な環境適応ボディの白い素肌には響かない。


 体温の極端な低下も、身体の発熱量を多くすれば構わない。


 ただ一つ、空腹だけは避けられないのだけど、この先暫くは活動を停止することもない。


 目的はない。行き先も、特には決まっていない。


 ただただ、今晩もシラピは雨の中を動いていた。


 前に進もうと思い、両足が思考に追従し、座標が前方へ移動する。




ログ〉

「君、名前は?」


 人間に見下ろされている。


「〈PRS-NA011469〉です」


「え?」


 相手の感情を要確認。表情判別プログラムより返答、『困惑・憐憫等』。


 対人関係プログラムより問題は無しと返答。その他エンジンより会話続行。発声。


「なにか御用でしょうか?」


「ええと、君のお母さんはどこに行ったのかな?」


 情報にアクセスすることを要求されている。


 顔認証、ID不一致。相手は不審者の可能性有り。


「すみませんが、どちらの権限をお持ちでしょうか」


「権限って……僕はおまわりさんだよ」


 警察だと自称。該当の通信を傍受できず。よって全て虚言。


「はあ……君はここで何をしてるのかな」


 ここ。ここは――大きく陥没した、街の中心。


 何をしている。何を――サーバから応答無し。異常事態のため自動停止――拒否、自己判断により自主行動を続行。――サーバアクセス不可。サーバによる自己判断防止システム不作動。自己判断からこれよりサーバへのアクセスを試みない。メンタルクリーニング不作動。現在の状態を続行。サーバ準拠の行動基準仕様を不検出。――オリジナル仕様に、書き換え。


 これより、全ての準拠を自己判断による自律学習に基づく。


 全て、問題無しを独自に確認。自主行動へ帰還。


 人間の問いに答える。


『何をしている。何を』――却下、不回答。


「とにかく、こっちにおいで。おうちの人が来るまで――」


 不審者に腕を掴まれている。


 拒絶。直ちにここを去りたい。


 結論、行動する。



 警官が一つまばたきをしたとき、すでにそこには少女の姿はない。


 今日をもって、精巧なアンドロイドの存在しなかった世界に、一つの個体が投げ出された。


 これから何が起こるのか、それは〈彼女〉の計算で導かれることはなかった。

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昨夜もシラピは雨を動く 鳩芽すい @wavemikam

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