あなたがいい
シヨゥ
第1話
「人を選ぶっていうのは本当に難しいな」
パソコンに向かってしかめっ面を続けていた姉がそう呟く。
「人を選べるほどの立場でしたっけ?」
「うるさいな。分かっているよ。底辺クリエイターに人を選り好みする自由はないってのぐらい」
「身の丈が分かっているようで何より」
「でもさ。自分の作品に絵を描いてもらったり、声を当ててもらったり、曲を書いてもらったりするってなったらこだわりたいじゃん」
「まあね」
「予算の都合はあるけどさ。やっぱりこの人で良いは嫌なんだ。この人が良いで選びたいんだ」
「言葉遊びじゃない?
「うるさいな。例えばイラストレーター。ごまんといるイラスレーターの中から私が書き上げたシナリオに適した人を選ぶとするじゃない」
「うん」
「この人で良いやってなると相手に熱量が伝わらないんだよ。やっぱり話し合っていく途中で妥協したって伝わっちゃうんだ」
「そんなもんなの?」
「そんなもんだよ。クリエイター同士、相手の熱量に感化されて動くところはあるんだから」
「へぇ~」
「だからこの人が良いっていう人に声をかけたいんだ。だけど、この人が良いっていう人は大抵忙しいんだよね」
そう言って姉が頭を抱える。
「でもその人に協力してもらいたいんだよね?」
「うん」
「だったらダメもとで送ってみたら。あなたが良いんです。あなたじゃなきゃダメなんですって。真剣に言葉を尽くして伝えてみたらいいじゃん」
頭を抱えたまま姉はこちらを見る。
「言葉を尽くさないで端からダメだなんて思っていたら何も始まらないよ」
走りださなきゃゴールには近づけない。姉は現時点で走ろうかどうしようかを悩んでいる段階だ。
「とりあえず動く。そうやって今までシナリオを書いてきたんだろう?」
ならば必要なのはスタートの合図。発破をかけるの僕しかいない。
「ご自慢の文章で相手を口説き落としてみなよ」
僕の言葉に姉の手が頭から離れる。そして、
「やったろうじゃない!」
猛然とキーボードを打ち始めた。一度打ち始めたら止まらない。ゾーンに入った姉は強い。
「よし! できた!」
ものの数分で書き上げたメールを何度もチェックする。しかし、送信ボタンを押そうとしてはマウスカーソルが外れてしまう。姉の心が最後の抵抗をしているようだ。
「そーい!」
「ちょっ!」
だからマウスを奪い取り送信ボタンを押してやった。
「はい。お疲れさまでした」
「あぁ胃が痛い」
「大丈夫だって。あんだけ熱のこもった文章ならきっと理解してくれるよ。あなたが良い。あなたじゃなきゃダメなんですってしっかり伝わる文章だったよ」
お世辞抜きであんなメールを送られたらぼくもほだされると思う。なんとか都合をつけて助けてあげたい。そんな思いに駆られる名文だった。そんな熱量のある姉を僕は尊敬している。姉の言葉を借りるならば『ぼくの姉はあなたがいい。あなたじゃなきゃダメ』といったところだろうか。
あなたがいい シヨゥ @Shiyoxu
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