溶けかけた氷は混ざらない
棚狭 鯖缶
プロローグ
かつての日本には、政略結婚というものが頻発していた。政略結婚とは、家の主が自分の家のために利益のある家の子孫と無理やり結婚させる結婚の仕方である。今では、自分の意思で選択ができるようになり政略結婚はなくなったそうだ。
俺、
「洋一くーん!学校行こーよー!」
「おう、ちょっと待っててな」
「今日はちょっとお寝坊したでしょー?急いでよ?」
「悪い悪い、ちょっと勉強が捗っちゃってな」
「嘘だー!昨日五連チャンポン!ってつぶやいてたもーん!ゲームしてたよね!?」
「…」
付き合いは十四年ほどになるが、色恋沙汰に発展したことは一度もない。不思議な程に琴花がしっかりしているので、そうはならないのだ。
「おまたせ、琴花」
「おそーい!遅刻しちゃうからダッシュね!」
「寝起きなんですけど?」
「そんなことは関係なーい!行くよー!」
「ええ………っ!!琴花!!!」
「へ?…ふああ!!」
危機一髪、朝のお散歩中のおじいちゃんにぶつかるところだった。琴花の方に目を見やると、なぜだか顔を赤らめて放心していた。
「ふう、ちゃんと前見て歩けよな?」
「ぅ、ぁぅ…」
「聞いてるのか?」
「え?あ、うん!ごめんなさい!」
「全く…琴花の将来が心配だよ」
「大丈夫だもん!だって…」
「だって?」
「なんでもない…」
「なんなんだ?」
「なんでもないの!いーからいくよー!」
そう言って琴花は俺を連れて学校までダッシュしていく。どうしてあんなに走っても疲れないんだ、ハイブリッド女子だったりするのか?とはいえ、それにしてもさっきの琴花の反応がどうしても気になる。どうしてあんなに焦ったり急に落ち込んだりしたんだろうか。
そんなことを思いながら自分の席につく。クラスには、俺と話す人は琴花くらいで、クラスのほぼ全員は俺には話しかけてこない。俺が御曹司だと知っていて、先入観が故に話しかけずらいのだと思う。そんな中でも、男子の中で唯一、俺と会話する人がいる。
「今日も二人で登校か、お熱いな。」
「馬鹿野郎、俺と琴花はなんもないって」
「そうか?…夏目は校門をくぐるといつも恥ずかしそうに手を繋いで入って来ている気がするが…。」
こいつは、
「にしても今日はだいぶ走らされたようだな。だいぶ服が乱れている。」
「あ、ああ。まあな。」
それにしてもなんだか今日は騒がしいな。本だとよくこういう狂騒は、なにかの発端だったりするが、そんなこと現実にはないだろう。
「それよりお前、今日五時限目の英語、単元テストだって知ってたか?」
「なんだそれ、聞いてないぞ。」
「なんか連絡不行き届きだったらしいが、無理やりにでもやることになったらしいって掲示板に書いてたぞ。」
「早くそれを言ってくれよ…。」
さっきの狂騒はどうやらそれが原因だったようだ。昨日は違う教科の勉強をしていたので、所謂ノー勉状態だった。はっきり言って、ピンチだ。
「ふっふん、どうやらお困りのようだね、洋一くん?」
「べ、別にそんなことないが?」
「いいんだーそんなこと言って。ここに英語の成績優秀な夏目ちゃんがいるんだよ?今頼んだら教えてくれるかもよ?」
「ぐっ…」
琴花は、英語と数学だけは成績優秀で、いつも定期試験では高順位を誇っていた。その上、琴花は教える能力も高く、教えてもらうにはうってつけだった。
「ほらほらあ、人に物を頼む時はなんて言うのかなあ?」
「琴花、さん。どうか俺に英語を教えてください。」
「よく出来ました。じゃあ教えてあげるね、マリトッツォ買ってくれるって言うから。」
「おう、ありが…おい、ちょっ、おい」
なんか今しれっと追加で条件をつけられた気がするんだが?まあ、教えてくれるんならいいか。
「じゃあ昼休みに図書館集合ね!」
「おう、ありがとうな!」
「えへへ、どういたしましてー」
俺は琴花との約束の時間まで、普通に授業を受けることにした。
四時限目のベルがなり、昼休みを迎えた。図書館で集合、とのことなので図書館に向かおう。職員室の前を通過したところで、担任に声をかけられた。
「高野宮くん、親御さんから連絡があったんだけど、そのまま伝えるね」
「はい、お願いします」
「今日は君の許嫁が来るから、よろしく頼む、とのことなんだけど」
「あ、はい、了解しました。」
「う、うん、よろしくね」
許嫁?この俺に?ありえない。生まれてこの方、許嫁なんて、伝記でしか聞いたことがなかった。それが今自分の問題となると、少し理解が追いつかない。
だが、今は琴花との約束が先だ。俺は急いで図書館へ向かった。―――――が、その時。波乱の香りがした。図書館に向かう途中。玄関前の廊下ですれ違ったのは、うちの制服とは違う、ハイブランドだと素人目でもわかる制服を着た、黒髪の女生徒だった。しかしその人の目は、凍てつくほど冷たい視線だった。
「あなたが、高野宮家の息子の高野宮洋一ね。早速だけどあなたには転校してもらうわ」
それが、あいつとのこの物語のヒロインとの、出会いだった。
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