死ぬほど美味いハンバーガー
青水
死ぬほど美味いハンバーガー
美食家の男は『死ぬほど美味いハンバーガー』を食べに、デスデス☆ハンバーガーを訪れた。ネット上でこの店の評判レビューを見てみたところ、
☆5『本当に死ぬほど美味かったです! おかげで今では幽霊になっちゃいました(笑)』
☆5『この店のハンバーガーを食べてしまったら一巻の終わり。もう二度と、他のものは食べられなくなりますよ~』
☆5『デスデス☆ハンバーガーを食べて死んでしまいましたが後悔はしてません。これはこの世で一番うまい料理です!』
☆5『天国に行くことができました。本当にありがとうございます』
☆5『死んだ両親に再会することができました』
評判は良いものの、どうも変わったレビューが多い。そこに若干の不安を抱きつつも、美食家の血が疼く。『死ぬほど美味い』と標榜するのだから、デスデス☆ハンバーガーは自らのハンバーガーに絶対の自信を持っているのだろう。
じゅるり、と舌なめずりをする。
デスデス☆ハンバーガーは予約制のハンバーガー屋である。予約してから実際に食べるまで半年以上も待った。その間に彼は糖尿病と痛風になってしまった。しかし、美食家であるので食事を妥協するつもりは一切ない。
「死ぬほど美味い、か……。一体どれほどの美味さなんだ?」
美食家の男はデスデス☆ハンバーガーの中に入った。店の前には『死ぬほど美味い! DEATHDESU☆HAMBURGER』とカラフルに書かれた看板があった。
「逝らっ死ゃいませー!」
「予約した佐藤です」
「佐藤様。ようこそ、デスデス☆ハンバーガーへ! あなたの魂、奪っちゃーうZO☆」
フリフリのスカートを着た若い女の店員が、ウインクをしながら舌をぺろりと出しポージング。
この店は本当に死ぬほど美味いハンバーガーを出してくれるのだろうか、と美食家の男は不安になった。
「こちらの席にてお待ちください」
店にはテーブル席が一〇以上存在したが、客は彼しかいなかった。
店員がすぐに水を持ってきた。その水を一口飲み、「ほうっ……」と感嘆の声を上げる。これは水道水や安っぽい水ではない。一リットル一〇〇〇円はくだらない、ナントカ山脈からとってきただろう上質な軟水。水とは思えない水の味がした。
美食家の男の味蕾は、一億以上の微細な味の違いを認識することができる(自称)。
彼の日々更新しているブログは累計一億PVを突破していて、ツイッターのフォロワーは一〇〇万人超、ユーチューブのチャンネルも一〇〇万人を突破、テレビにも多々出演、その端正なルックスからアイドル並みの人気を誇っている――という妄想をいつもしている。その圧倒的な実績と影響力から『神の舌を持つ男』と――自称している。
「これは期待できるな」
美食家の男は評論家気取りのコメントを呟く。
デスデス☆ハンバーガーには商品が一種類しかなく、店の名前にもなっているデスデス☆ハンバーガーだけだ。
そのデスデス☆ハンバーガーがやってくるまで二〇分以上待たされた。美食家の男は空腹だったが、うまい水をちびちび飲んで空腹を紛らわせていた。
ツイッターの自らのアカウントのプロフィールを見た。101人だったフォロワーが100人に減っていた。目標の100万人まで後99万9900人だ。×1万をすれば100万なので、実質100万人いると言えなくもない。
『今からデスデス☆ハンバーガー食べるよー☆どれほど美味いのか楽しみ(≧▽≦)「死ぬほど美味い」らしいから、もしかしたら死んじゃうかも((((;゜Д゜))))ガクガクブルブル』
ツイートしたが、フォロワーからの反応はなかった。
「みんな寝ているのかねえ――」
「お待たせいたしました。デスデス☆ハンバーガーですっ!」
どんっ、とハンバーガーの載った大きな皿を置いた。
「あ、そういえば、署名してもらうの忘れてましたー。私ったら、ほんとにドジなんだからぁ☆ バカバカ~」
「署名?」
「ええ、こちらのほうに――」
もう一人店員が駆けてきて、テーブルの上に紙と万年筆を置いた。
文章を読んでみる。要約すると、『デスデス☆ハンバーガーを食べて死んだとしても、当店は一切責任を取りません。自己責任です』といったものだった。
何かのジョークかと思ったが、店員二人はニコニコしているがその瞳は笑ってなどいなかった。さっさと署名しろや、とその目が告げている。威圧感に敗北し、さらさらと署名する。
「ありがとうございまーす。それでは、人生最後のお食事をお楽しみください」
人生最後のお食事?
「あの……」
キッチンのほうへと戻ろうとした店員二人を呼び止めると、美食家の男はデスデス☆ハンバーガーについて質問をした。
「このハンバーガーには何か人体に悪い物が含まれているんですか?」
「おいしいものには毒が含まれていることが往々にしてあるのです」
もう一人の店員が言った。
言葉の続きを待ってみたが、何も言わなかった。どうやら、説明はこれだけらしい。若い女の店員を凝視すると、少しだけ補足説明してくれた。
「デスデス☆ハンバーガーにはいろいろ入ってます。たとえば、フグの毒とかベニテングタケとか」
「さあ、『死ぬほど美味い』デスデス☆ハンバーガーをお食べください」
「……今までデスデス☆ハンバーガーを食べて生存した人は――」
「ゼロです」
「……」
「あなたが『生』にこだわる普通の人なら、デスデス☆ハンバーガーを食べずに帰っていただいてもかまいません。ですが、あなたが美食家を名乗るなら、『生』よりも『一瞬の幸福と死』を選ぶことでしょう。さあ、どうします?」
美食家の男はデスデス☆ハンバーガーを見た。死ぬほど美味そうだが、食べたら実際に死ぬ。美食家の俺にとって人生とは、最高の料理を食べるためにあるわけだ。これが最高の料理なら死んでも惜しくないのでは……?
「食べる……俺は、デスデス☆ハンバーガーを食べるぞ!」
美食家の男はハンバーガーを両手でわしづかみすると、口を大きく開けてかぶりついた。肉汁その他諸々、今まで味わったことのない旨味が口の中を満たす。幸福だった。天にも昇る思いだった。ここで口から吐き出せば、自分は死なずに済む。吐き出そうとしたが、幸福に満たされた脳が、男の意思を無視して飲み込む命令を出した。
ごくん。
「し、しまった……」
喉に手を突っ込んで吐き出そうとしたが、その前に体に異常が生じた。頭がくらくらして、全身が燃え滾るように熱くなった。痙攣と眩暈と吐き気が同時に襲いかかる。何が何だかよくわからない状態だ。
「どうです? 死ぬほど美味いでしょう?」
「私も食べてみたいけど、死んじゃうから我慢ー」
美食家の男は口から泡を吹き出して地面に倒れこんだ。そのまま意識が遠のいていって、すぐに死んだ――。
死に顔は天国と地獄を同時に味わったような、複雑な表情を浮かべていた。
◇
☆5『確かに評判通り、死ぬほど美味かったです(≧▽≦)でも、実際に死んじゃうので、最高の料理のためなら死んでも構わない、というクレイジーな美食家の人以外にはおすすめできません(*^▽^*)私みたいな命知らずなクレイジーな美食家の方はぜひチャレンジしてみてください(^O^)/』
死ぬほど美味いハンバーガー 青水 @Aomizu
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