第5話 猫
「いち佳、ちゃんと目覚めた?」
空き教室から自分の教室に戻ると明梨が私に話しかけてきた。
「だから覚めてるって。朝、遅刻しかけたのは寝坊したせいじゃないし」
私はふーんと言っている明梨の隣の席に座り、鞄から次の授業で使う教科書やノートを引っ張り出す。明梨は席を立って私の机の横にしゃがみ込んだ。
「けどいち佳、朝、変なこと言ってたじゃん。あれは結局何だったの?」
――月風の件か。話してもややこしくなるだけだし。
明梨には悪いが、適当にごまかすことにした。
「あぁ、なんか疲れてたのかも。最近部活も多かったし」
少し強引だったかもしれないが、部活が連日あったことも事実。信じてもらえる確率の方が高いだろう。
「あ~、最近部活多かったもんね。あっ、部活と言えばさっき顧問に会ったんだけど、今日の部活、休みにするって」
「えー、せっかく防具持ってきたのに」
私は教室の後ろの方に置いてある竹刀と防具を一瞥した。あの二つを運ぶ手間のせいもあって私は朝食を食べ損ねたのに。
「まぁ、どうせ使うからいいじゃん。授業が終わったら一緒に武道場に防具と竹刀、置きに行こ。それで、そのまま一緒に帰ろ~」
私は目の前にいる月風に視線を送る。ここで私が月風に話しかけたら完全にやばい奴だ。意味が伝わってほしくて視線に熱がこもる。月風は私の視線に気づいて頷いてくれた。たぶん、一連の話の流れから私の言いたいことは分かってくれたのだろう。
「いいよ、一緒に行こ」
私は明梨の誘いに乗った。
いつもより少し早い下校に明梨はうきうきしているようだ。私は明梨が先に武道場を出たことを確認して月風に話しかけた。
「ごめんね、月風。私の都合で……」
月風はフンっと鼻を鳴らした。
「気にすんな。その代わり、俺もなんかあったらお前に付き合ってもらうからな」
月風なりに気を遣ってくれたみたいだ。こういうところを見るに、やはり月風は悪い奴ではないらしい。ただ、口はちょっと悪いと思うが。
「おーい、どーかした?」
明梨の呼び声にハッとして私は武道場を飛び出した。
自転車に乗って私と明梨は帰路に就いた。そんな私たちの斜め後ろに月風がついてきている。普段の帰宅よりも早い時間だが外の空気は冷たい。私は冬が近づいてきていることを肌で感じていた。
「ねぇ、明梨。明日の数学って私たち当たるとお……って猫だ! 可愛い~」
私たちの進行方向に一匹の猫がいた。目を凝らしてみると茶トラのように見える。
「見てっ明梨! あの猫かわい~!」
1人で盛り上がっている私を明梨は変なものでも見るような目で見てきた。
「猫?どこ?」
「えっ、そこだよ。すぐそこの電柱のそばにいるじゃん」
「いないけど。あっ、いち佳、私こっちだから。また明日ね、早く寝なよ!」
明梨は猫がいる電柱を通り過ぎた曲がり角を右に曲がっていった。去っていく明梨を私はポカンとした顔で見送っている。明梨は今、猫がいる電柱を通り過ぎたのだ。猫が見えていないわけがない。
「月風、そこに猫、いるよね?」
私は道の端に自転車を止めながら月風に聞いてみた。
――これで私しか見えないとかだったらどうしよ。
そんな私の不安は月風の一言で消え去った。
「は?あぁ、まぁそこにいるけど……」
「よかったぁ。私にしか見えないホラー展開だったらどうしようかと――」
「けどあれ化け猫だぞ。お前、化け猫を猫に含むタイプのやつか?」
「は?」
だが、その後に続いた月風の言葉に、私は再び不安を抱く羽目になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます