第74話:逆鱗

「殿下、大変でございます。

 偵察員からローマ帝国の海軍が攻めてくるとの連絡がありました」


 ブチ


 余りの怒りに、堪忍袋の緒が切れた音が自分でも分かった。

 幻聴かもしれないが、俺の怒りは確かなので実音でも幻聴でも関係ない。


「ローマ帝国に潜入している全偵察要員に連絡しろ。

 ありとあらゆる手段を使ってローマ帝国を滅ぼせ。

 悪逆非道と罵られても構わない、全ての悪名は俺が引き受ける」


「は、直ぐに伝書鳩と早船を使って命令を伝えます」


 俺に緊急連絡を知らせに来てくれた諜報部門の者が、慌てて緊急連絡網を総動員すべく諜報部門に戻っていった。

 だが、この程度で終わらせる気はない、徹底的に叩き潰す。


「お前、海軍提督達に伝えろ、ローマ帝国海軍が攻め込んで来ると。

 そして俺からの命令として、王国からできるだけ遠い海で全滅させろ。

 絶対に王国の地に足をつけさせるなと命じるのだ」


「はっ」


「いや、待て、この命令では間違った意味に解釈されて不覚を取るかもしれない。

 絶対にやらねばならない事は、ローマ帝国人に王国に地を踏ませない事だ。

 できるだけ遠くで全滅させようとして、無理をして負けるような事は、絶対に有ってはならない事だ。

 全滅させる事と、王国の地を踏ませない事を命じるのだ」


「殿下、エドアルド公王殿下、それでも間違って伝わってしまうかもしれません。

 今回のローマ帝国との戦いを、殿下がとても重要視している事は分かりました。

 それだけに、誰もが張り切り過ぎて、判断を間違うかもしれません。

 間に誰かを挟んだ命令だと、言葉も意味も変わってしまうと申されたのは、殿下ご自身ではありませんか。

 ここは殿下自ら提督達に会われて、説明するべきではありませんか」


「侍従長の言う通りだ、諫言感謝する。

 余りの怒りに、我を忘れてしまっていたようだ。

 この後直ぐに海軍の提督達と直接話したうえで、疑問の余地がない正式な命令書を発行して、誤解がないようにしよう」


 侍従長の諫言は本当に助かった。

 ローマ帝国の侵攻によって、東方の疫病がこの国に持ち込まれるかもしれないと思うと、居ても立っても居られない気分になってしまったのだ。

 今の俺はまともな判断力を失くしてしまっているのかもしれない。 

 マリアとお腹の子を護りたい一心で、海軍将兵にとても不利な条件で戦えと言っているのだから。


 ローマ帝国軍の侵攻が、まだ海軍でよかった。

 海軍なら、乗員や兵士を海に沈めてしまえば、感染症を広める心配がなくなる。

 ああ、そうだ、今回に限り捕虜や人質を取る事を禁じよう。

 海に落ちて溺れている敵も、助ける事なく溺死させろと命じなければいけない。

 海軍の連中が勝手に助けたり人質を取ったりしないようぬ、ローマ帝国では疫病は流行っていると知らせて、接触したら十人九人は死ぬと教えておこう。

 そうすれば、よほどの愚者でない限り接触はしないだろう。

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