第70話:懐柔

「アヴァール可汗国との関係を改善するために、ツェツェグ王女とオヨーン王女が望むのなら、後宮を与えて側室の待遇とする。

 ただし、どのような病気を持っているか分からない王女達を、王都の後宮に入れる事は絶対にできない、公都の後宮を準備するように」


「承りました、公王殿下」


 可能性は極端に低いが、絶対にあり得ないとは言い切れない、王女達が断ってくれる事を期待していたのだが、それは儚い夢でしかなかった。

 二人の王女も愚かではないし、側に付けられた連中は優秀なのだ。

 母国をローマ帝国や西突厥可汗国の魔の手から少しでも護ろうと思えば、俺の側室という地位は絶対に欲しいだろう。

 身体を張って母国が護れるのなら、自分の感情など抑え込んで、俺の側室になるのが王侯貴族に生まれた女の生き方だ。


「王女方や北部山脈での生活に耐えられない四千人ほどの女性は、喜んで後宮に入ると言っておられますが、残る五千人ほどの方はそのまま遊牧を希望しています」


 比較的暖かいこの国だが、険しい北部山脈の高地はとても寒く多くの雪が降る。

 十分な食糧と生活費を支給されてはいても、生きていくのがつらい者もいる。

 幼い子供を抱えた母親はもちろん、歳をとり過ぎた老嬢には寒さが応える。

 王女達が後宮に迎えられると聞いて、一緒に連れて行って欲しいと王女達に願い出たので、王女達はそんな事が許されるのかマッティーア侍従長に問い合わせてきた。

 俺は仕方なく許可を与えたのだが、正直ため息が出る。


 後宮で四千人もの人間を養うなんて、不経済極まりない。

 だが、俺が決めた王国や公国の基準で考えれば、孤児や寡婦や老人は支援対象だ。

 幼女は孤児院で引き取って保護しなければいけないし、自分だけで暮らしていけないような寡婦や老人も、養老院で保護しなければいけない。

 だが王国や公国の施設では、言葉も通じなければ風習も違う。

 同じ国の幼女と老嬢が同じ施設内で助け合ってくれるのが一番だが、今からそのような施設を建築するよりも、既に建っている後宮を利用する方が経済的だ。


「北部山脈に残る者達の事が心配だが、その点はどうなっている」


「近隣の村々には絶対に差別をしないように厳しく通達しております。

 一番近くにある軍の駐屯部隊にも、何かあれば直ぐに支援するように命じておりますが、それだけでは手緩いでしょうか」


「いや、近々の支援としてはそれで十分だろう。

 だが将来の事がとても心配なのだ、歳を重ねた者達は年々働くのが難しくなる。

 その速さに幼女達が付いていけるかどうかが心配だ。

 後宮入りを願い出た者達に、責任を持って巡視するように命じるのだ」


「どれくらいの間隔で巡視するように命じましょうか」


「年に一度では少な過ぎて、何かあった場合に多くの死者を出す可能性がある。

 雪の降る前と雪解けした直後の二回は最低でも巡視させる。

 できればその間に二回は巡視させたい」


「四季折々に巡視させるという事でよろしいでしょうか」


「北部山脈に残った者達が餓死したり事故死したりするような事があれば、二人の王女に責任を取らせる事にして、最低年四回巡視をさせろ。

 必要だと思えば、五回でも六回でも巡視をさせるのだ」


「承りました、公王殿下」

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