第69話:人質
「公王殿下、しばらくは遠征を自重されるのですよね」
侍従長のマッティーアが当たり前の事を聞いてくる。
マリアお嬢様が俺の子供を懐妊しているのに、遠征などできるはずがないだろう。
ローマ帝国はもちろん、フランク王国もアヴァール可汗国もドイル連合王国も知った事ではない、好き勝手に殺し合えばいい。
それで滅んでも自業自得で、俺の関知する事じゃない。
もちろん、王国領に攻め込んで来たらただでは置かない。
子飼いの連中やカルロを派遣して皆殺しにしてやる。
「では、王都にいる間にやっておくべき事をやられてはいかがでしょうか。
アヴァール可汗国から連れてこられた女性の方々も、このままではいつまでたってもこの国に馴染めないと思われます」
ここまではっきりとマッティーア侍従長の言われて、ようやくアヴァール可汗国から大量の女性を人質として連れ帰った事を思い出した。
幼女や老嬢が多くて、妙齢の女性は少ないが、数千人の女性である。
俺に世話を押し付けられたマッティーア侍従長は大変だっただろう。
だが、それも仕方のない事だと思う。
王都に戻ってきてからの俺は、想像の斜め上を行く事態に振り回されていたのだし、国王陛下と組んで俺を嵌めたマッティーア侍従長にも責任はある。
「それで、人質の女達は今どこで暮らしているのだ」
「どのような病気を持っているか分かりませんので、後宮や軍の宿舎に泊める訳にもいかず、仕方なく野営をさせておりました。
自分達の身を護る程度の事はできるようでしたので、アヴァール可汗国から連れてきた家畜の世話を命じて、住む者の少ない北部山脈で遊牧させております。
もちろん、当面の生活のために大量の食糧と生活資金は与えておりますので、ご心配には及びません」
責任はアヴァール可汗国の王バヤンにあるので、それほど気にはしていない。
カルロが指揮をした一度目の戦争も、俺が指揮をした二度目の戦争も、バヤンが行った大義名分のない侵略から始まった事だ。
その戦争で父や夫、部族の男を失って、引き取り手が無くなった女達なのだから、本来ならバヤンが生活を保障すればいい。
だが、あの遊牧民族では、役に立たないと判断された女は部族から放逐される。
妙齢の女性が放逐される事は滅多にないが、これから育てるのに時間も食糧も必要な幼女や、もう子供の産めない老嬢は放逐される。
例え親兄弟を殺した憎い相手でも、生きていくために従う妙齢女性もいる
だが今回は俺の人質になる選択肢があったから、敵対していた部族に性奴隷同然に引きとられるくらいなら、異国に行く決断をした妙齢の女性も少なからずいた。
そんな連中が自給自足してくれるのであれば、もう何もしなくていいと思うのだが、マッティーア侍従長は俺に何をさせたいのだ。
「東部の国境はドイル連合王国領の過半を切り取ったから、だいぶ北上している。
人の少ない安全な山岳部で自給自足してくれるのなら、そのままでもいいだろう」
「恐れながらエドアルド公王殿下、マリア王太女殿下がご懐妊された事で、少々考えが浅くなられているのではありませんか」
遠回しであろうと、俺が馬鹿になっていると言えるのは、俺が公爵家の養子に迎えられた時から側についているマッティーア侍従長くらいだ。
何が言いたいのか、もう理解はしたが、やりたくない。
絶対にやりたくないのだが、マリアお嬢様が俺の子を懐妊した以上、数年は王都を離れられないだろうから、やるしかないのだろうな。
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