第6話:高潔

「お義兄様、本当に国を出なければいけませんか。

 私は名誉を損なう事があろうと、公爵令嬢の責任を果たしたいのです。

 お義兄様の反対を押し切ってまで、王太子殿下の婚約者としての責任までは果たそうと思いませんが、公爵令嬢としては別です。

 困窮する民が数多く出てくるのが分かっていて、国を出て行くことはできません」


 マリアお嬢様が覚悟を決めた表情で話しかけてこられた。

 高潔なマリアお嬢様なら必ずこう言われるだろうと思っていた。

 だからこそ、先に俺が国を出ると王侯貴族の前で言い切ったのだ

 もし俺が事前に言っていなければ、マリアお嬢様が悪く言われてしまう。

 王太子妃、王妃の地位に未練があって国を出ないのだろうとか、糞王太子と雌豚の言い分にも多少は正しい面があるだろうとか、陰口を言う者が出てくる。


 本当にそう思っているのではなく、マリアお嬢様を貶める事や王太子におもねるために、間違っていると分かっていて陰口を言うのだ。

 だが俺が言い切った後でなら、陰口を言う者は極端に少なくなる。

 国を出た方がマリアお嬢様も公爵家も有利だと広まっている。

 それに、俺を本気で怒らせたらどうなるか、心の底から思知らせてやった。

 俺を怒らせてしまったら、これから王国から盗める物も盗めなくなる。

 

 腐り切った王家王国の政治と財政を支えておられたのはマリアお嬢様だ。

 王家の連中が浪費する予算や不正までは減らせなかったが、王太子の婚約者として介入できる範囲で不正を正し、公平に予算を執行されていた。

 お手伝いしてきた俺はその全てを知っている。

 だがお嬢様がいなくなると、王家の浪費や不正だけではすまず、佞臣奸臣悪臣が好き勝手に予算を流用着服する事ができる。

 腐れ外道共は俺を怒らせ殺されるよりは、目の前に利益に群がるだろう。


 だがその結果としてこの国に起こる事は、食べる事もできなくなった王国領民が、難民となって食べる事にできる領地に逃げていく事だ。

 マリアお嬢様は頭脳も明晰だから、その事を予測され、そんな難民を救うと俺に断言されているのだ。

 もちろん俺は持てる力の全てを使ってお嬢様の理想を達成してみせる。

 

 愚かすぎて不正にかかわる事もできなければ、俺を怒らせてしまう事も理解できず、マリアお嬢様の陰口を言っていた連中も、その現状を見れば口をつぐむ。

 いや、俺が物理的に二度と口がきけなくなるようにしてやる。

 そのための準備を今のうちに整えておく。

 先ほど王宮で同盟を申し込んできていた連中も、以前から俺に地位と領地と富を与えると言っていた近隣諸国も、マリアお嬢様のために利用してやる。


「分かりました、マリアお嬢様のお考えを尊重させていただきます」


「もう、わたくしは妹なのですから、マリアと呼び捨てにしてくださいと、いつも言っているではありませんか、エドアルドお義兄様」


「そういう訳にはいきません、マリアお嬢様。

 愚かな貴族達は、私が公爵家を継ぐ野心を持っていると思っております。

 浅知恵のある者は、私とフェデリコ閣下を争わせて、少しでも自分達の利にしようと考えるのです。

 その最たるものが王家と王家に巣くう寄生虫共です。

 そのような者たちに隙を見せないためにも、実子で後継者でもあるマリアお嬢様と、養子で家臣となる私は常に立場を明確にしなければなりません」


「頭では分かっていますが、さみしい事です。

 せめて二人きりの、いえ、家族だけの場では本当の家族として振舞ってください」


「ありがとうございます、マリアお嬢様」


 常に侍女や従僕が側にいる立場では、決して叶えられない願いだ。

 だがそう口にしてくれるだけで心が喜びで満ちる。

 この幸せを護るためならば、どのような汚名を着る事になっても平気だ。

 ただ、今の立場では恥ずべきことはできない。

 そんな事をすれば、公爵家の家名に泥を塗る事になる。


 他家や他国を利用するにしても、公爵家の名を貶めるような真似はできない。

 公爵家の名を高める方法の中で、最も有効な手段を考えなければいけない。

 何よりも優先すべきは、必ず逃げてくるだろう難民への対策だ。

 王国領の民が全て逃げ出してきても、彼らが飢えることがないように事前準備をしておかないと、マリアお嬢様が哀しまれるからな。

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