第84話 錬金少女

錬金術。

物質を変質させるその力は、魔法にも科学にも属さない。

独自の体系を構築した特殊技術である。


時には魔法の様に物質を変質させ。

時には緻密に計算され尽くした科学の様に、機構を構築する。


一説に。

偉大な錬金術師の祖は、生命の創造にすら手をかけたとすら言われており。

それが真実だったなら、錬金術は正に奇跡の力と言えるだろう。


だがその錬金術も、今や消滅の危機に瀕していた。


錬金術を扱うには、生来の特殊な資質が必要とされている。

1000年前の魔王による世界の蹂躙以降、理由は定かではないが、その資質を有する者が生まれて来る比率は低下し続けていた。


それに加え、錬金術師は職人気質である事が多く。

力の継承を知識としての書面ではなく、技術としての実践で残す気風が強かった。

その為、継承者不足から技術や知識の途絶が頻繁に起こり、今現在残った少数の錬金術師達の技量は最盛期の足元にも及ばないと言われている。


技術力の低下と、扱える人間の減少。

この2つの要因により、錬金術という力は、時代の流れという荒波に飲み込まれる小舟と化していた。


恐らくそう遠くない未来。

この特殊な力は消えてなくなるだろう。


だがそんな時代の流れに逆らう様に、一人の少女が立ち上がる。

人は彼女をこう呼ぶ。


錬金少女と!


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「カオス!カオス!!カオスゥ!!!」


急に扉が開け放たれ、赤毛の可愛らしい姿をした美少女が姿を現した。

サラだ。


その手には、先日連れ帰って来たドラゴン2匹の首が雑に握られている。

強靭なドラゴンだから全く問題ないと言えるが、これが他の生き物なら確実に虐待に当たる扱いな訳だが……


こいつ本当にテイマーとしての資質あんのか?


「錬金少女じゃ!」


「は?」


サラの脳のアクセルが全開過ぎて、俺には彼女の口にした言葉の意味が全く理解できない。


「これじゃ!」


彼女は手にしたドラゴン達を雑に放り投げ、脇に抱えていた本を俺に突き付ける。

その本には錬金少女・ケミカル・サーラと書いてある。


……だから何?


「サラ、主語述語って知ってるか?あと、ドラゴン達を雑に扱うなよ」


彼女達は俺の将来のガールフレンド候補だ。

もっと優しく扱って貰わないと困る。


「テイムはいびってなんぼじゃ!」


とんでもない爆弾発言をぶっ込んで来る。

それが事実なら糞みたいな職業だ。

テイマーは。


「そんな事よりも、錬金少女じゃ!」


主語述語はスルーの様だ。

俺が察するに、続きが読みたいのだろう。


「俺は忙しいから、本屋はベーアに付き合って貰ってくれ」


買い取った素材の数は膨大だ――あの後調子に乗って各種素材を買い漁っていったらとんでもない数に膨れ上がった。

その為、倉庫の中はパンパンになっている。

日々それを消化しなければならない身としては、ガキの買い物に付き合っている暇など無い。


「そうではない!妾は錬金少女になる!そして正義の名の元、悪を打ちのめすのじゃ!」


「……そっか、頑張ってくれ」


何かと思えば只の厨二病だった。

俺はしっしと手を振る。

ガキの夢物語に付き合う気は毛頭ない。


大人は全人類巨乳化げんじつで忙しいのだ。


「じゃから!妾に錬金術を教えるのじゃ!」


カオスのスキル群には錬金術系のスキルもあった。

サラ達の姿を変えたスキル等がそれにあたる。


「無理」


俺はすげなく断りを入れる。


「何故じゃ!?」


理由は二つ。


一つは資質。

錬金術は生まれ持っての才能が無いと、どれ程努力しても習得する事が出来ない。

尻尾の無い奴が、どれだけ努力しても尻尾を振れないのと同じだ。


二つ目は知識がない事だ。

仮にサラに資質があったとしても、俺の錬金術はスキルによるものでしかない。

その為、知識や技術として人に伝播させるのは無理だった。


そして三つ目。

これが最重要だ。


メンドイ。


以上、三つの理由から――特に三つ目の理由から――却下する。


「お前にはドラゴンの世話があるだろうに。錬金術にかまけてないで、そっちを優先しろ」


「それはそれ!これはこれじゃ!妾クラスになるとその程度、両立可能じゃ!」


滅茶苦茶嘘くせぇ。

仮に両立できても、ドラゴン達を雑に扱ういびり前提だろ?

その両立。


「資質の事なら安心せい!妾には錬金術師としての資質がちゃんと備わっておる!嘘だと思うならニーアに聞いてみると良い!」


資質があるのか、だとしたら厄介だな。

断る上で、一番お手軽な方法が潰されてしまった事になる。


可能性とは、人に夢を与える素晴らしい物だ。

だが時にそれは、諦める機会を奪う諸刃の刃と化してしまう。

下手に可能性があるから、人は夢に縋ってしまうのだ。


つまり何が言いたいのかと言うと――めんどうくさい。


「サラ、俺は今研究で忙しいんだ」


「邪魔はせん!」


もう既に邪魔なんですが?


「カオスよ、いいかよく聞け。この本の中では、錬金少女が物質を透過して中身を検めるという変則的な力を使っておる。この意味……分かるな?」


こいつ……理解してやがる。


「協力しよう」


俺は笑顔で左手を差し伸べる。

サラは特上の笑顔で俺の手を握り返した。


俺と幼き?少女の欲望ゆめが交差した瞬間である。

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