第60話 魔物領

「夜分遅く失礼させて頂く。聖王陛下」


「おお、何を言う。ブラド・ヴァレス卿。そなたと私との仲ではないか。遠慮など無用だ。さあ頭を上げてくれ 」


聖王国にある玉座の間にて、謁見が行われていた。

但しその時刻は深夜を回っており、緊急時を除き、本来ならば謁見など行われる事の無い時間帯だ。


そんな中、玉座の前で頭を下げていた黒衣の紳士が顔を上げる。

美しい顔立ちに金髪金目のその紳士――ブラド・ヴァレスと呼ばれた男はそのまま立ち上がり、王の傍へと近づいた。


本来ならば不敬を理由に取り押さえられてもおかしくはないその行動を、周りの人間は黙って見守る。

まるでその行動がさも当たり前であるかの様に。


「これは手土産です」


「おお。卿よ、いつもすまんな」


ブラドが懐から小瓶を取り出し、それを聖王が受け取る。

その小瓶は照明の光で赤黒く不気味に輝いていた。

聖王はその栓を抜き、中の液体を迷わず一気に飲み干してしまう。


「ふぅ。生き返る思いだ」


聖王は齢210を超える老人だった。

だがその姿は、壮年の様に若々しい。

寿命の長い亜人ならばそれ程おかしくない事ではあるが、聖王は人間だ。

その姿は明かに種としての限界を超えている。


当然そこにはからくりが存在し。

そしてその答えは、先程聖王が口にした小瓶の中にあった。


不老長寿の霊薬、エリクサー。

それを口にした物は活力に溢れ、その寿命を飛躍的に伸ばすと言われている奇跡の霊薬。それが小瓶の正体だった。


聖王は霊薬によって齎される恩恵を受け、長き年月を生き続けて来たのだ。

そしてそれは、無限に近い寿命を持つブラド・ヴァレスによって生成されたものだった。


そう、ブラドヴァレスは魔物だ。

それも夜の王と称され、人類の天敵ともいえる存在。

最上級モンスターのヴァンパイアだった。


だからこそ、この謁見は深夜に行われているのだ。

ブラド・ヴァレスの都合に合わせて。


「勿論、皆様の分も用意させて貰っていますよ」


「かたじけない」


王の横に立っていた摂政――大神官が厭らしい笑顔でブラドから瓶を受け取る。

奇跡の霊薬エリクサーを。


ブラド・ヴァレスは聖王国内にある領地の領主だった。

それは魔物のみによって構成された領地であり、人々はそこを魔物領と呼称している。


――本来人間と魔物は相容れない存在だ。


他の国でなら、絶対に魔物の領地など認められる事はないだろう。

だが聖王国では、全ての生命の平等を謳っている。

そんな特異な国だからこそ、魔族領という例外が存在し得た。


もっとも、その成り立ちは平等からは程遠い物だ。

表向きは平等を謳って立ち上げたられた領地ではあったが、その実、権力者達が裏でエリクサーの恩恵を受ける為だけにブラド・ヴァレスの一族に与えられている。


人の欲望が凝縮した物。

それが聖王国にある魔物領の真の姿だ。


「ヴァレス卿。例の物は地下牢に用意しております」


「感謝します。後で使いの者を寄越すと致しましょう」


地下に用意されている物。

それはヴァンパイアに捧げられる人間いけにえだった。


人間と共生する以上、ヴァンパイアであっても人を手に掛ける事は許されない。

それは領主であっても同じだ。

その為、ブラド・ヴァレスの一族は別の物で代用――ヴァンパイアは人間の血を好んで吸うだけであって、他の物でも別に問題なかった――していると、表向きには通っていた。


勿論、ブラド・ヴァレスがそんな条件に従う訳もなく。


年間千を超える行方不明者の半数以上は、彼の眷属によって連れ去られた数にあたり、王家はそれを黙認していた。

それに加え、処刑予定の罪人の首を裏でブラドに引き渡す等、場合によっては聖女の譲渡すらも積極的に行われている。


全てはブラド・ヴァレスの持つユニークスキル。

霊薬生成の恩恵を受ける為だ。


聖王女がこの国が腐っていると言ったのは、その辺りが所以である。


「そう言えば、ダリア王国と揉めているとか?」


「うむ。ダリアの子倅め。折角私が目をかけてやったというのに、消え失せ追ったわ。娘に恥をかかせおって」


ダリア王国の第三王子と聖王女は、将来婚姻を約束されていた。

所謂許嫁と言う奴だ。

だがある日第三王子は侍女と駆け落ちしてしまい、ダリア側の落ち度でその話は流れてしまっている。


210年の人生の中、初めての娘を溺愛していた聖王はこれに憤慨し。

現在ダリアとの仲は拗れに拗れてしまっていた。

戦争も近いと言われる程に。


「戦となれば、是非私目にお声をおかけ下さい。ダリアには古き友もおりますので、必ずやお役に立ちましょう」


それは忠誠からの行動ではない。

彼からすれば人間の戦争などという物は、ちょっとした狩りの場でしかないのだ。

自らの力を振るい、殺戮衝動を満たす。

彼はその為だけに戦争に参加する。


但し一つ誤算があるとすれば、その古き友とやらはもうこの世に居ないと言う事だ。そのヴァンパイアは少し前に、強大な力を持つ魔物によって滅ぼされていた。


そう――カオスという名の魔物に。


「おお、それは頼もしい。期待しておるぞ」


「はは、お任せください。それでは息子と約束がありますので、私はこれで失礼いたします」


ブラドの口から息子と言う言葉を聞き、聖王は顔を顰める。

どうやら何か思う所がある様だ。


「卿の息子というと……少々言いにくいのだが、どうやら娘がちょっかいをかけている様でな。止めろとは言っておるのだが……」


聖王は娘に甘い。

その為、ブラドの機嫌を損ねる様な真似をやめる様、娘に強く言いつける事が出来ないでいた。


「ああ、お気になさらずに。私は気にしておりませんよ」


ブラドもその事は承知していたが、気にも止めていなかった。

王女一人では大した事は出来ない。

そう高を括っており。

仮に息子が痛い目に合わされたとしても、いい勉強になる程度にしか考えていなかったからだ。


「では、失礼いたします」


そう言うとブラドは笑顔で一礼し、謁見の間を去っていく。

この時もし彼が聖王との軋轢あつれきを少しでも懸念し、息子を領地に連れ帰ってさえいれば、息子を、そしてその後に降りかかる自身への災禍を防げたのかもしれない。


だがそんな未来はめつを知る由もない彼は、悠々とその場を後にするのだった。

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