第9話 アーサーラウンダー

「うぅぅ……ここは?」


 ゆっくりと体を起こし見回すと、ゲーム内の一室にいた。目の前で見守るのは、ノアンとその仲間だろう。


「ルグアさん、大丈夫ですか? どうやら、無理し過ぎていたようですね」


 ノアンは、そう言って仮想の料理を差し出した。黙って口に入れると、口に広がるのはチョコレート。


「あ、あの、初め……まして、【トリスタン】のガロンです……。新しいモードレさんがこんな状態で来るのは、驚きました」


 私よりも背が低い少女が、恥ずかしそうに挨拶をする。続くように、


「お久しぶりで合ってるかしら? 【パーシヴァル】のレーナよ。レースの時はお疲れ様、見事な走りだったわ」


 と、女性が話す。自己紹介はまだ続き、


「【ベディヴィア】のゼアン。ベディと呼んでください」

【ガラハッド】のラウス。ノアンの弟です。よろしく、モードレさん」

「二つ名【アグラヴェイン】のワルツ。呼ぶ時はアグラかヴェインで」

「ボクは【ボールス】。プレイヤー名は内緒だよ。それと」

「アタイはノンノ、二つ名は【ユーウェイン】だよ。13歳です」


 他にもいたが、自己紹介は今のところここで終わりらしい。覚える名前が多すぎて混乱していると、今度は、


「あなたが【モードレッド】のルグアさんですね。ガウェインから話は聞きました」


 そのセリフに、私にまとわりつく円卓の騎士――いや剣士が道を作る。先に立つのは2人の姿。


「私は、【アーサーラウンダー】団長、【アーサー】のセレスです。隣にいるのは、副団長【ランスロット】のメアン」

「アーサーラウンダーにようこそ、そしてよろしくお願いします」


 二人は自己紹介をしながら歩いてくる。一人は女性、もう一人は男性。手には指輪がはめてあった。


「名乗ってないのは、あなただけですよ」


 団長は、手を差し出し声をかける。それではとひとつ咳込むと、


「私はルグア。普段はゲーム警察として、強制サービスゲームの取締と報告、誘導をやっている。【モードレッド】として、よろしく頼む」


 これで全員の挨拶が終わった私は、セレスの案内で、ギルド拠点の中を散策していた。


「ルグアさん、呼ぶ時はプレイヤー名と二つ名、どちらが良いですか?」

「個人的には、プレイヤー名にしてもらいたいが、二つ名で呼びたきゃそれでいい」


 ぶっきらぼうに回答した私に、


「面白い人ですね。曖昧な答えを出す人は、あなたが最初で最後かもしれません」


 と、少し笑みを浮かべ振り向く。その笑みは、どこか悲しく、今にもほどけて消えてしまいそうだった。

 何か問題があるのだろう、こういう時、解決に協力するのがゲーム警察であり円卓として役目。


「ギルドで心配なことでもあるのか? あるなら相談に乗ってやるが……」


 私は、バーチャルレーサー時代から直らないセリフの言い回しで問いかける。すると、


「実は、【アーサーラウンダー】が、”解散”の危機に……。いえ、あと数日で”解散”するかもしれないんです」


 突然の解散という言葉に、入ったばかりの私は、寂しさを感じた。

 自己紹介をしてもらった段階では、みんな仲が良いと思ったが、それで解散は聞いたことがない。


「どうやら、円卓の皆さんは、新しく入った【モードレッド】の性格に不馴れのようで……」


(そりゃそうだよな……)


「今になって、女っていうのもあれだしな……」


 この発言に、セレスが歩を止めた。


「ルグアさん、女性だったんですか?」

「そうだが……。なんだ?」


 自分でも気づかなかった、口調の偏りにセレスは話を続ける。


「雰囲気も、話し方も、男性そのものだったので、男相手で会話するところでした」


 短く簡単な謝罪と分析、さすがは団長。私はそう思った。


「別に、わざわざ分ける必要はないんじゃねぇか?」


 細かいことをほったらかしにして、大胆に進める私には、人を選んで変える理由がわからない。

 さらに詳しくすると、男と女で変えることに、どういうメリットがあるのだろうか。

 性的発言を避ければ、男女関係なく話せるのでは……。きっと、これにも理由があるはず。

 だが、私は声に出さなかった。この疑問で、亀裂を大きく、深くするかもしれないからだ。代わりに、


「なあ、セレス。逆に聞くが、どう呼べばいいんだ?」

「では、私もあなたと同じように、好きな名前でいいですよ。ただ、それが嫌いなメンバーもいるので、気をつけてください」


 これが彼女の、団長の答えだった。画面右上に表示されたデジタル時計を見る。時刻は、21時。このままだと、兄に怒られる可能性が高い。


「すまん、もう落ちる。また明日な!! あと、改めてよろしく頼む!!」


 フェードアウトとともに、現実世界に覚醒し始める感覚の中、セレスは、


「すみません、明日は親友と話す予定があるので、難しいと思います」


 たった数秒の間に、なんとか聞き取ることができた。そして、


『おーい、明理。いつまでゲームしてるんだい。ほら、せっかく作った手づくり餃子が冷めるよ』

「ごめんなさい。今すぐ片付けます」


 兄に謝り整理して、席に着くと、


 ――ポポロン~。


 鳴ったのは、メールの着信音。差出人は、ゲーム会社ではなく、中学校の親友・三上 輝夜かぐやからの呼び出しだった。

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