求めたガールの美咲

桜乃

第1話

 求めたガールに所属する美咲は、数年ぶりに近所の、改装された商店街を歩く。

 美咲は大学生である。文学部、三年生。

 求めたガールというのは、彼女のやっているバイトの名前。職務内容は、彼氏の募集だったりする。つまり美咲は彼氏が欲しい。

「おお、コロッケあるぞ、美咲ちゃん。ひとついるかい?」

「食べるぅ!」

 しかし、求めたガールの美咲だって、暖簾の下から親しくなったおじさんの声と、コロッケの揚げた匂いがすれば、そそくさと彼氏が欲しかった事なんて忘れる。つまり美咲は気分屋でもある。

「今日も彼氏探してるのかい? よかったらおじさんがなってやろうか」

「いいかもね。コロッケ毎日食べれそうだし」

 おじさんの冗談にも、美咲はすり潰されたお芋を口の横につけて笑った。

「やめておき、美咲ちゃん。こんな臭い奴と仲良くなってもいい事なんてないよ!」

 店の奥から出てきたおばさんの声を聞いて、おじさんは「げ、ばばぁ.........」と力なく引き下がる。

 ちょっとだけおばさんと盛り上がってから、余分にコロッケを三個ほどもらって、美咲はバイトに戻った。

 歩き始めれば美咲の脳内は、再び彼氏のことしか考えれなくなる。

「あ、みさちゃん。久しぶりね、大学生活はどう?」

「お久しぶりです、おかげさまで楽しんでます。課題が山積みですけど」

 今度は洋服屋から、幼い頃よく遊んでいてくれた美人なお姉さんが手を振ってくれた。

 彼女の着ている綺麗なワンピースにも釘付けになり、美咲の脳内は、お姉さんと戯れることしかなくなった。

「ここの商店街、改装されたのよ。どう、綺麗でしょ」

 あたかも自分の家が、改装されたかのように目を輝かせながらお姉さんが言ってくるので、美咲も思わず微笑む。

「お姉さん、相変わらずここの商店街大好きなんですね」

「あったりまえじゃあーん!」と跳ねた声音でお姉さんはくるっと、着ているワンピースをはためかせた。

 するとお姉さんは美咲に「ちょっとまっててね」とだけ言って、奥へと走って行ってしまった。なんだろうか。美咲が悩んでいる間も束の間、美人なお姉さんはなぜかワンピースを二着持ってきた。

「黒色と水色、この二つしかないけど、私のお古でよかったらどっちか美咲ちゃんにあげる」

 オシャレなワンピースを両腕に広げる、お姉さん。美咲も首を横に振るが、どうしてもという顔をされたので、渋々、水色のワンピースを受け取った。

 片手にコロッケ。もう一方の手にはワンピース。最早、庶民なのか貴族なのか分からないスタイルが美咲の上で確立していた。

 とは言いつつ、美咲の内心はすこぶる嬉しかった。オシャレなものに、喜ばない女の子はいない。持論を頭の中で作ってから、美咲は美人なお姉さんが営む洋服屋を後にした。

 十分後、美咲は水色のワンピースを着て、商店街を歩いていた。

 とっくに求めたガールに戻った美咲は、この格好で目をうろうろさせる。

 次に美咲の目に止まったのは、美容室だった。

 たちまち顔を覗かせると、「わあ!」と、まる眼鏡をかけた親友が駆けつけてきた。偶然にもお客さんがいない時でよかった。

「いつぶり? 高校卒業してから?」

「そうだよね、進学してからは会わなかったよね。あ、これ食べる?」

 興奮しっぱなしの親友に、私はさっきもらったコロッケを指さす。

 彼女の提案で、店の外にあるベンチで腰を下ろすことにした。

「美咲はまだ大学行ってるの?」

「私が中退したとでも思ってるの?」

 口の横に食べかけをつけた彼女が、真面目な口調できいてくるので、私は真顔でコロッケに齧り付いた。

 高校時代からの付き合いになる彼女は、大学へではなく、専門学校に行ってスタイリストの勉強をしたという。

「いやぁ、美咲、気分屋じゃん」

「だからって大学中退する勇気はないな。あ、もう一ついる?」

 彼女が食べ終わっているのに気づいて、何気なく最後のコロッケを差し出すと、彼女は首を横に振った。

 昔はもう少し食いしん坊の印象があったのだが、意外だった。

「そういえば、急に呼んじゃったけど、お仕事大丈夫だった?」

「うん? あ、ああ、大丈夫、ちょうど今暇だったから」

 異様な彼女の様子に、美咲は「本当に?」と聞くと、彼女は早口で「ほんとほんと」と捲し立ててきた。やっぱりおかしい。

 人に無理矢理、口を開けさせるのもどうかと思い、美咲は彼女の口にコロッケを突っ込んだ。

「ふんぐっ!」

「白状しやがれ、おらぁ」

 もしかしたらコロッケを吐き出すのではないかと、内心慌てていた美咲だったが、ちゃんと、彼女はものを喉に通してくれたので、安心した。

 彼女によると、彼女の美容室は割と切羽詰まっているらしい。これが忙しさの方だったら安心できたのだが、現状はみての通りだった。

「店長は?」

「どっか行っちゃった」

「どっかって.........」

 なんて無責任な。後ろに佇むお店をみて、美咲は大きな体を隠しきれていない子供が、何かに怯えるように自分を盾にしているようだと思った。

 思わぬ親友の置かれた状況に、美咲は胸がきゅっと縮まる感覚がしてたまらなかった。

「進学する時、他の就職先も悩んだけどね、やっぱり自分を育ててくれた地域に恩返しがしたくてここに来たんだけど、これじゃ、馬鹿みたい」

 馬鹿みたい。その言葉を聞いて美咲は立ち上がった。

「馬鹿なんかじゃない! 君も、この地域も、この美容室も!」

 顔が暑くなった。吐き出すものを堪えるように、美咲はゆっくり言葉を紡いだ。

「じゃあさ、私の髪を切ってみてよ!」

「え、美咲ちゃんの.........?」

「そう、ほら、はやく!」

「でも、私まだ始めて一年も経たないし」

 俯く彼女に痺れを切らして、美咲は彼女の腕を引っ張って、強引に店の中に連れて行った。

「自分を馬鹿にすることだけは、私が許さない」

 美咲の言葉に、彼女はゆっくりとハサミを動かし始めた。

「あ、ちゃんと似合うようにしてよね」

「無茶苦茶なぁ〜」

 美咲の注文にも、彼女はどこか楽しそうだった。彼女は言わなかったけど、美咲には分かる。美容師になりたくて、専門学校に行った彼女の気持ちは、測れるものではない。

 自分の夢に、決して安くないお金を投資するその本気の気持ちを無碍にさせたくない。終わらせたくない。

 美咲は、親友に親友のままでいて欲しかった。

「そういえば、そのワンピース似合うね」

「言うのが遅いよ」

「ごめん」

 元気を取り戻した彼女に、美咲はくすっと笑った。美咲は、自分の夢に全力で挑む彼女が大好きだ。

 そのあと、散々に親友の腕前を褒め称えてから、美咲は商店街をひたすらスキップした。

 大学と商店街は離れている。

 学校が始まると、商店街へはなかなか出向くことはできないが、親友からのメールで、美咲は微笑んだ。

 私の髪型を見た商店街のみんなが、彼女を応援してくれたのだ。

 今、彼女は小さい美容室を営なんでいる。

 コロッケのおじさんとおばさん、洋服の美人なお姉さんも今では彼女の腕前に惚れているらしい。

 

 求めたガールに所属する美咲は大学生だ。

 求めたガールというのは美咲のやっているバイトの名前だ。職務内容は、彼氏の募集だったりする。つまり、美咲は彼氏が欲しいのである。

 些細なことでも、美咲のことを大切にしてくれる、そんな彼氏みたいなあの商店街が美咲の片想いしている場所だ。

 そんなことを思いながら、大学の食堂で、コロッケに微笑んでいる美咲に横から男の人の声がかかった。

「あの、よろしかったら、放課後空いてませんか」

 

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