新婚旅行――7
障子戸の向こうから聞こえる
着替えを終えた俺は、一息ついてから玲那に尋ねた。
「玲那、着替えは終わったか?」
「はい。終わりましたよ」
「……本当だろうな?」
「どうしてそこで疑うんですか? わたしが嘘をついているとでも?」
玲那の声が
だが、俺は疑わずにはいられない。玲那の日頃の行いを思い返せば仕方ないのだ。
ようするに、疑われるのは玲那の自業自得ということだ。
俺は半眼になりながら玲那に言葉を返す。
「自分の胸に手を当てて考えてみろ」
「……我ながら大きいです」
「そういう意味でなく」
「では、形状ですか? 感触ですか?」
「どっちも違ぇよ」
ズレまくった玲那の返答に、俺は目元を覆って深く嘆息した。
胸のサイズじゃないんだよ。かたちも感触も関係ないんだよ。全然まったく
どうして俺の妹は、なんでもかんでもセクシャルな方向に関連づけてしまうんだ……。
「心配しなくても、ちゃんと着替えは終わってますから。嘘だったら、わたしのこと好きにしてもいいですよ?」
「不安しかないんだが?」
発言がもうエロゲのそれなんだよあ。頼むからやめてくれ。
げんなりしながらも、ここまで言うんだから流石に嘘じゃないだろうと判断して……というか、どうか嘘でありませんようにと神様に願いつつ、俺は障子戸を開ける。
俺の心配は
本来ならば
浴衣姿の玲那に見とれてしまったからだ。
「どうですか、お兄ちゃん?」
はしゃいだ様子で玲那がくるりとターンする。
浴衣の袖と襟下がひらりと
星空のような玲那の黒髪がふわりと踊る。
その様は『美しい』としか形容できず、俺の目は釘付けになった。
あまりの美しさに目を
「ふっふっふー。見とれちゃってるみたいですね。似合いますか? 惚れ直しちゃいましたか?」
「ああ、似合ってる。惚れ直さずにいられない」
「ほぇ?」
玲那に見入りすぎて呆けていたのだろう。俺はつい本音をこぼしてしまった。
素直に褒められるとは思ってもみなかったらしく、ドヤ顔を浮かべていた玲那はキョトンとした。
玲那が目をパチクリとさせる。純白の肌が見る見るうちに色づいていく。
髪の先を
や、やめろよ、玲那。お前、いつも平然とした顔でアプローチしてくるじゃねぇか。俺の理性を破壊しにくるじゃねぇか。こんなときに限ってしおらしくなるなよ。俺まで気恥ずかしくなっちゃうだろ。
全身がカッカと熱くなる。
俺も玲那もなにも言えず、『花の間』に沈黙が訪れた。甘酸っぱく、むず
「き、着替えも終わったことですし、お茶で一服しましょう!」
「そ、そうだな!」
沈黙に耐えられなかったのか、玲那が、パンッ、と手を鳴らして提案する。同じく居心地の悪さを感じていた俺は、玲那の提案に即座に乗っかった。
玲那が電気ケトルでお湯を
一分ほど待ったあと、玲那が湯飲みに緑茶を注いだ。青々とした、
「ど、どうぞ」
「あ、ありがとう」
玲那が差し出した湯飲みを受け取る。
互いに先ほどの照れくささを引きずりながら、俺と玲那は、ふー、ふー、と緑茶に息を吹きかけて冷まし、湯飲みを傾けた。
甘さとほろ苦さが舌の上に広がる。心安らぐ味わいに、気まずさや照れくささが溶けていった。
俺と玲那は、ほぅ、と息をつく。
「やっぱり玲那の煎れてくれたお茶は美味いな」
「ありがとうございます」
玲那も照れくささから解放されたようで、穏やかに目を細めた。
気分をリセットした俺は、お茶菓子として用意された甘い
「さて。これからどうしようか?」
「そうですね……せっかくですし、この辺りを散策してみませんか? お兄ちゃん、お散歩が好きですよね?」
「ああ。翔には『おじいちゃんみたいだね』って言われるけどな」
苦笑する翔の顔を思い出し、俺は肩をすくめた。
玲那が言ったとおり、俺は散歩が好きだ。晴れた空の下、行き先を決めずにぶらぶらと歩くのは、それだけで気持ちがリフレッシュされる。
歩いているうちに、いままで気づけなかった道を見つけることもある。そういう道に踏み入ってみるのも楽しいんだ。冒険してるみたいでワクワクするからな。
「知らない町を歩くのは散歩の
「はい。わたしも楽しみです」
湯飲みを
俺に続いて立ち上がった玲那は、ご機嫌そうに鼻歌を奏でていた。
見るからにルンルン気分な玲那に、俺は首を傾げる。
「玲那って散歩が好きだったっけ?」
「好きですよ? 正確には、お兄ちゃんと散歩するのが、ですけどね」
玲那がスルリと俺の手を取った。
「好きなひとが楽しんでいる様子を、
そうすることが当たり前のように、玲那が俺と恋人繋ぎをする。発言の甘さと、繋がれた手の感触に、俺の胸が高鳴った。
毎度のことだけど、玲那にはドキドキされっぱなしだなあ。
体温が上昇するのを感じながら、俺は玲那の手を握り返した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。