第137話 砲戦中盤①
1944年6月6日
「羽黒」が轟沈、「足柄」が戦闘不能になった様は、第3戦隊の一番艦「霧島」の艦上からもはっきりと視認することができた。
1隻の重巡、多数の軽巡に打ちのめされた「羽黒」は艦の後部がちぎれて急速に沈みつつあり、「足柄」もゆっくりと転舵して離脱しようとしていたが、このままだと「羽黒」の後を直ぐに追うことになってしまうだろう。
「『足柄』はやらせん。3戦隊全速、敵軽巡部隊との距離を詰めて叩くぞ!」
第3戦隊司令長官神崎龍虎少将は命じた。
「空母部隊が前方5海里の海面にいると推定されますが、敵軽巡部隊を叩くのですか?」
3戦隊参謀長小栗啓介大佐は反射的に聞き返した。小栗はこのまま3戦隊は敵空母に向けて突撃すると思っていたのだろう。現に3戦隊は既にサウスダコタ級2隻との砲戦を「長門」「陸奥」の2隻に任せていた。
「このままだと第5戦隊は全滅してしまう可能性がある。敵空母部隊に突撃を仕掛けるにしても、戦力は多い方がいいだろう」
神崎は答え、「霧島」艦長乗鞍勇大佐が艦の増速を命じ、敵軽巡部隊との距離が急速に縮まってきた。
「『比叡』増速! 本艦に後続します!」
見張り員からの報告も随時飛び込んでくる。
「本艦目標敵軽巡4番艦、『比叡』目標敵軽巡5番艦。砲撃始め!」
神崎は下令した。砲戦のセオリー通りなら敵軽巡1番艦から叩く所であったが、生憎、敵1番艦は「霧島」の主砲の射界外であった。
「霧島」「比叡」から発進した観測機から吊光弾が投下され、青白い光によって敵軽巡4、5番艦の姿が夜闇に浮かび上がった。
「目標敵4番艦。砲撃始め!」
「目標敵4番艦。砲撃始めます!」
乗鞍が下令し、「霧島」砲術長内山海翔が即座に復唱を返した。
敵軽巡部隊の動きに異変が生じた。
「本艦と『比叡』に砲戦を挑む気か!?」
その動きを双眼鏡越しに見ていた乗鞍が素っ頓狂な声を上げた。乗鞍の言うとおり敵軽巡部隊は砲門を第3戦隊に向けつつあり、逃げる様子は全くなかった。
「艦長落ち着け。やることはいつもと変わらない。敵軽巡の6インチ砲弾で『霧島』のような36センチ砲搭載艦を戦闘不能・撃沈に追い込むことはできぬよ」
艦を預かる艦長が動じてどうする――神崎の言葉にはそんな思いが詰まっていた。
4基の36センチ連装砲が旋回を始め、10秒後、各砲塔の1番砲から重巡の20センチ主砲のそれとは比較にならない火焔が湧き出した。
発射されたのは徹甲弾ではなく、それよりも貫通力に劣る榴弾だ。内山は徹甲弾では砲弾が貫通して損害を与え損なってしまうと考えて、このような処置を執ったのであろう。
「『比叡』撃ち方始めました!」
「霧島」の後方からもめくるめく閃光がほとばしり、砲声が「霧島」の艦橋にまで聞こえてきた。
「敵3番艦砲撃開始! 敵4、5番艦も砲撃開始しました!」
「霧島」「比叡」から放たれた36センチ砲弾8発の敵軽巡部隊から放たれた多数の6インチ砲弾が空中で交差し、それぞれの目標付近にほぼ同時に着弾した。
弾着の瞬間、神崎は敵4番艦の艦上を凝視していたが、特にこれといった変化はなかった。「霧島」から放たれた第1射は全弾が空振りに終わり、周囲に水柱を噴き上げるだけに終わったのだ。
同じく第1射が空振りに終わった「比叡」が第2射を放ち、再び4発の36センチ砲弾が発射された直後、「比叡」の艦体に直撃弾炸裂の閃光が走った。
「『比叡』被弾。火災発生!」
「レーダー照準射撃だな」
僅か第1射で「比叡」が被弾したのを見た神崎は呟いた。米海軍の艦艇のレーダー照準射撃の精度がこの1944年に入ってから急激に上昇している事は、日本海軍内でも周知の事実となっており、ここでも威力を発揮しているのだ。
そして、次の瞬間、「霧島」の艦体が水柱によって覆い隠され、僅かに振動した。
「本艦被弾無し!」
見張り長から報告が上げられ、「霧島」が第2射を放つ。主砲を振りかざす戦艦の姿は勇猛そのものであり、神崎は「霧島」から軽巡如きに負けられるかという気概が伝わってきたような気がした。
敵弾は断続的に「霧島」に迫ってくる。クリーブランド級の軽巡は主砲の発射間隔が短いため、「霧島」が1射放っている間に6射、7射と矢継ぎ早に砲弾を放つことができるのだ。
「霧島」の周囲には断続的に水柱が奔騰し、至近弾炸裂の衝撃によって艦尾が持ち上がり、第1主砲の周囲に火花が散った。
「第1主砲に敵弾1発命中! 損害無し!」
「霧島」からの第2射が天から降り注ぐが、敵4番艦はこれまでとなにも変わることなく「霧島」への砲撃を続行している。
「霧島」の第2射も空振りに終わったのである。
「霧島」が第3射を放ち、直後、6インチ砲弾2発被弾の報告が届けられる。
「第3高角砲損傷! 第17機銃座にも被弾しました!」
被害報告が入った。
そして、次の瞬間、「比叡」が目標に定めていた敵5番艦の中央部から「羽黒」轟沈時のそれに劣らぬ火柱が突き上がり、敵5番艦が急速に海面下に吸い込まれ始めたのだった・・・
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