第135話 果てぬ乱打戦④

1944年6月6日


 「鳥海」「摩耶」が敵1番艦を追い詰めつつあった頃、「足柄」「羽黒」の2隻は危機に瀕していた。


 主砲発射を報せるブザーの音が消え、「羽黒」の右舷側に巨大な火炎がほとばしった。その砲声は雷雲さながらであり、夜の闇を切り裂かんばかりの迫力であった。


 これが敵巡洋艦3番艦に対する第1斉射である。


 「足柄」も続く。


「『足柄』撃ち方始めました」との報告が艦首見張り員から報され、二艦合計20発の20センチ主砲が敵3番艦に対して放たれる。


 敵弾の飛翔音がそれに重なる。


 敵3番艦から放たれたものも混じってはいたが、クリーブランド級軽巡から放たれた砲弾が大半である。現在、「羽黒」には3隻のクリーブランド級が、「足柄」にも2隻のクリーブランド級が砲門を向けており、この援護射撃によって「羽黒」「足柄」の2隻は急速に窮地に追い込まれつつあった。


 敵弾が周囲の大気を振動させ、それが消えたのと同時に「羽黒」「足柄」の間に多数の水柱が奔騰し、「羽黒」の艦橋に、微かな衝撃が伝わってくる。


 入れ違いに敵3番艦の周囲が水柱に囲い込まれ、それに混じって敵3番艦の艦上に3連続で爆炎が確認された。


 20発の砲弾の内、3発が命中し、敵3番艦に損害を与えたのである。


「早い!」


 クリーブランド級5隻の艦上に次々に発射炎が閃くのを見た、「羽黒」艦長塚原純一大佐は小さく叫んだ。


 クリーブランド級の主砲発射間隔は僅か6秒であり、それは「羽黒」の20センチ主砲の発射間隔の3倍の速さであった。


 クリーブランド級から矢継ぎ早に放たれた6インチ砲弾が「羽黒」「足柄」に殺到し、それが一斉に着弾した瞬間、16インチ砲弾の弾着時にも劣らぬ水柱が形成される。


 2~3発が至近弾となり、水中爆発の衝撃が「羽黒」の艦底部を痛めつけ、被害報告が届く。


「艦首に軽微な浸水発生! 速力一時的に1ノット低下!」


(敵3番艦を早めに片付けて、クリーブランド級に照準を変更しないと不味いな)


 塚原は心の中で呟き、はやる塚原の思いに呼応したかのように「羽黒」が第2斉射弾を放ち、「足柄」もそれに続く。


「『足柄』被弾!」


 第2斉射弾を放った衝撃が収まった直後、見張り員によって「足柄」の被弾が報告され、「足柄」が火炎を背負っている様子が確認された。


 火災の規模的に「足柄」は重大な損害を受けたようではなさそうであったが、彼我の数の差を考慮すると全く楽観視は出来なかった。


 敵3番艦に20発の20センチ砲弾が再び突入し、敵3番艦艦上から大量の塵が舞い上がり、火災が急拡大し始めた。


「『足柄』より報告。敵3番艦に命中弾4との事です!」


「窮地にこそ力を発揮するか・・・」


 通信長からの報告を聞き、塚原は感嘆の思いと共に呟いた。


 20発中、命中弾4発ということなので命中率は20%。訓練でも滅多に出すことが出来ない文句なしの好成績であった。


 数秒後、多数の砲弾が「羽黒」に迫った。


 衝撃が「羽黒」を包み込み、艦が浮かび上がったかと思いきや、叩きつけられるような衝撃が艦橋を貫き、金属的な破壊音が聞こえてきた。


「第1主砲旋回不能! 台座の回転部をやられました!」


 第1分隊長小野淳中尉から報告が届けられ、塚原は第1主砲に射撃中止を命じた。台座が旋回不能の状態では命中は期待できず、20センチ砲弾をただ海に投げ捨るだけだからである。


「『足柄』更に被弾! 火災拡大!」


 「羽黒」の被弾と時を同じくして「足柄」にも敵弾が集中し始める。クリーブランド級から放たれる6インチ砲弾は5発、10発命中したところで重巡を撃沈することはできないが、艦首、艦尾などの非装甲部に集中的に被弾した場合はその限りではない。


「敵2番艦の様子はどうなっている?」


 塚原は近くにいた艦長付の水兵に聞き、それを聞いた水兵が双眼鏡を用いて敵2番艦の様子を確認した。


「敵2番艦は艦の前部を中心として火災が拡大しつつあります。規模的に主砲の1~2基程度は使用不能になっているかもしれません」


「『那智』『愛宕』に救援要請を飛ばせ!『敵2番艦ヲ片付ケラレ次第援護求ム』!!」


「『敵2番艦ヲ片付ケラレ次第援護求ム』。『那智』『愛宕』の2艦に送りました!」


 通信長が通信を送り、「羽黒」が残存4基の主砲で第3斉射を放ち、「足柄」も主砲を振りかざす。


 塚原には「足柄」の艦上から見えた発射炎が先ほどまでのそれよりも小さいように感じられた。


 被弾によって「足柄」も主砲塔を使用不能に陥れられたのだろう。


 「羽黒」「足柄」の2艦は早くも手負いとなり、少なくない主砲火力を削り取られたのである。


 砲戦は尚も続く。


 塚原を始めとする「羽黒」の全乗員は知る由もなかったが、・・・


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2022年3月30日 霊凰より













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