第31話 長い1日

 第6艦隊に対する通算4回目の空襲は午後3時30分から始まった。


「敵機40機以上! こっちに向かって来ています!」


 「伊勢」の右舷前方に展開している第9駆逐隊旗艦「朝潮」の艦橋に新たな報告が上げられた。


「『大鷹』『伊勢』『日向』が目標だな」


 「朝潮」砲術長の西正平中佐は米軍機の狙いを即座に見抜いた。敵機は大きく3つの編隊に分かれており、その内2つはハボックが主体であり、後の1つはドーントレスが主体となっていた。


 西はさっきから険しい顔をしながら上空を見つめていた。


 第1次から第3次までの空襲では零戦・陣風が大いに奮迅し、敵機多数の撃墜に成功して第6艦隊を守り切ったが、そろそろ航空機による防空網にも綻びが見え始めていた。


 ラバウルから出てきた救援は燃料の都合により帰還しつつあり、「大鷹」の搭載機はその数を大きく打ち減らされてしまっているからだ。


 しかし、接近してくる米軍機大編隊に対する不安とは裏腹に西の体の中には闘志があふれんばかりに漲っていた。


 砲術を専門に選び、長年現場で研鑽を積んでいた身だ。対空戦闘なら十八番である。


「射撃指揮所より各隊。本艦の主砲はハボックを優先して叩く。ハボックが爆弾を投下するために降下してきた時が狙い目だ」


 西は艦隊電話を通じて各隊に命令を下した。「朝潮」は今建造が進められている新型防空駆逐艦みたいに対空用の高角砲を搭載している訳ではないので、的の大きいハボックを狙いを絞ると決めた。


「機銃は艦爆を狙え。十分に引きつけてから射撃開始だ」


 西は続けて命令を下した。


 敵機の爆音が迫ってきた。零戦隊の迎撃を掻い潜って第6艦隊に攻撃を仕掛けようとしている機体はざっと40機といったところだ。


 対空射撃が始まった。


 第2戦隊の「伊勢」「日向」が自艦に搭載されている4基8門の12.7センチ高角砲を振りかざし、第10駆逐隊の「朝雲」「山雲」「夏雲」「峯雲」がそれに続く。


 「大鷹」が面舵を切り、回避運動を開始する。


 「伊勢」「日向」はまだ舵を切らない。敵機の動きをギリギリまで見定めてから転舵を開始するようだ。


「主砲発射始め!」


 西は下令した。


「主砲発射始め。宜候!」


 主砲を担当している各隊から復唱が返ってくるのと同時に、「朝潮」の前甲板1カ所、後甲板2カ所から発射炎が閃き、強烈な衝撃が耳朶を打つ。


 ハボック群の周囲で、「朝潮」の第1射が炸裂し、それから断続的に爆発が起こる。どうやら第9駆逐隊の他の3隻も主砲の目標をハボックに定めたらしい。


 第2射、第3射と放っていくが、撃墜されるハボックはいない。主砲の命中率は余り良好とは言えないようだ。


 「朝潮」を始めとする朝潮型の主砲発射間隔は割と間延びしているため、必然的に命中率が低下してしまうのかもしれなかった。


「各主砲! しっかり狙え!」


 主砲の命中率の低さを見た西は思わず叱責した。


「敵1機撃墜! 本艦の戦果ではありません!」


「第9戦隊の他の艦に後れを取るな!」


 「朝潮」の第4射が炸裂した後、艦上が歓喜に包まれた。


「敵1機、いや2機撃墜です! 今度は本艦の戦果です!」


「艦長より全艦へ。本艦の主砲が戦果を挙げた。各員各々奮励努力されたし!」


 西が艦全体に檄を飛ばし、それに呼応するかのように「朝潮」が第5射を放つ。


 ハボックとの第9戦隊との距離が縮まるに当たって命中弾が徐々に増えてくる。


 ハボック1機が、飛び交う弾片の直中にまともに突っ込む形となり、胴体を切り裂かれて炎と煙を噴き出す。


 続いて1機がコックピットに弾片を浴びたのだろう。煙を噴き出すことなくゆっくりと墜落していく。


 「朝潮」が第7射を放つ直前、ハボックが投弾を開始した。


 ハボックの投弾高度は1300メートルといったところで、狙われたのは「伊勢」「日向」「大鷹」の3隻だ。


「『伊勢』『日向』転舵開始しました!」


 「伊勢」艦長の高柳大佐と「日向」艦長松田大佐はこのタイミングで艦の進路を変更したのだ。このタイミングで転舵を行うとハボックは狙いを狂わされたような形になり、爆弾の命中率が格段に低下するという算段である。


「大丈夫か?」


 西は着弾による水柱で覆い隠された「伊勢」「日向」「大鷹」を見つめた。戦艦である「伊勢」「日向」はまだしも、護衛空母である「大鷹」は防御力が貧弱であるため、1発の被弾でも危険な状態に陥ってしまう可能性があった。


 水柱が崩れ、3艦が姿を現す。これまでの3次の空襲では卓越した操艦技術で敵弾を回避していた3艦であったが、今度は無事では済まなかった。


「『日向』被弾! 火災発生!」


「『大鷹』燃えてます!」


 西は反射的に被弾した2艦を見た。「日向」は爆弾2発が違う場所に命中したのか艦の2カ所で火災が発生していた。「大鷹」は火災が発生したとの報告が入ってきたが、その規模は非常に小さくいまにも鎮火しそうであった。


 「大鷹」に命中した爆弾は飛行甲板の縁を擦った程度のものだったのかもしれなかった。


「ドーントレス順次急降下してきます!」


 ハボックの投弾から間断なく艦爆のドーントレスが急降下爆撃を開始し始めた。


 「伊勢」「日向」「大鷹」の3艦が空襲を生き延びれるかはまだ分からなかった。







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