第29話 戦力不足
1
「おーもぉかーじー、一杯!」
「日向」艦長松田千秋大佐は高角砲・機銃の爆音にも勝るとも劣らない大音声で操舵室に下令した。
米軍の第2次空襲で爆撃機は3手に分かれて本艦と「伊勢」「大鷹」を狙ったが、後者の2隻は回避に成功したため、残ってるのは「日向」を狙っている機体のみである。
「日向」の周囲でも砲声が轟いている。第9戦隊の駆逐艦や空襲を回避し終えた「大鷹」が「日向」に対して援護射撃を行ってくれているのだ。
多数の砲弾がハボックの前後左右で次々に炸裂するが、ハボックの編隊は怯んだ様子を見せない。ハボックは徐々に高度を落としながら「日向」を肉薄にしてくる。
「日向」の高角砲が戦果を挙げる。編隊の先頭を行くハボックの真下で炸裂し、機体がボクシングのアッパーを喰らったかのように浮き上がった。
「機銃、射撃開始!」
頃合いよし。そう考えた「日向」砲術長の細萱海斗中佐が命令した。
「ハボック投弾! 爆弾20発以上落下してきます!」
「日向」が機銃射撃を始めたのと前後してハボックがすれ違いざまに投弾を開始した。
爆撃方法事態は命中率は低い水平爆撃だったが、投弾量は馬鹿にならない。運が悪ければ1、2発は命中してしまうかもしれなかった。
「舵戻せ! 中央!」
多数の爆弾が落下してきている状況下であっても、松田は至って冷静であった。
「・・・!!」
爆弾の着弾が始まり「日向」の艦橋を遙かに超える高さの水柱が天高く噴き伸び、激しい横揺れが「日向」を襲う。
だが、最終的に「日向」も「伊勢」と同様被弾は1発もなかった。至近弾は何発か出たかもしれなかったが、いずれにしても軽微な損害で済んでいるだろう。
空を見ると敵機が引き上げつつあった。
第2次空襲は終わったのだ。
2
「よーし、来たな」
零戦搭乗員の一人である並木伸二郎飛曹は来襲する敵機を見つめながら呟いた。
午後1時を回ったところで米軍機による第3次空襲が始まった。
その機数はF4F25機、ハボック30機、アベンジャー10機の合計65機で、これまでの空襲で最大の機数だった。
対する零戦の機数は16機。一日に3度も空襲を繰り返されると流石の零戦も稼働機が少なくなってしまっており、その稼働率は6割を切るまでになっていた。
それでも、16人の搭乗員の戦意は極めて旺盛であり、まるでその疲れを感じさせない程であった。
「まず、F4Fからだな」
並木は最初の狙いを定めると、エンジンをフル・スロットルに開いた。零戦が急加速し、たちまち最高速力の時速521キロメートル/時に達する。
発砲はあっちの方が早かったが、F4Fが発砲した瞬間、並木は操縦桿を思いっきり前に倒した。
零戦が急降下し、F4Fの真下に並木機はF4Fの真下に潜り込む形になった。
「下腹がら空きだよ!」
そう言った並木は機銃の発射ボタンを強く握った。零戦の両翼から20ミリ弾が噴き伸び、F4Fの下腹に突き刺さる。
防御力が極めて高いF4Fは20ミリ弾を叩き込まれても墜落には至らなかったが、機体が非常に揺れており、もうこの空戦には参加できそうになかった。
(なんて防御力だ。20ミリ弾がもろに命中して確実に撃墜できないとは)
並木はF4Fの卓越した防御力に改めて舌を巻いていたが、直ぐに次のF4Fに意識を切り替えた。
並木機に対してF4Fの3機編隊が接近してくる。単機で空戦を闘っている並木機を与し易しと見て勝負を仕掛けてきたのであろう。
「少しあっちの方が高度が高いな」
そう言った並木は機銃を20ミリから7。7ミリに切り替えて、機銃弾を発射する。
F4Fの小隊も一斉に発射炎を閃かせ、彼我の火箭が空中で混じり合った。
今度はお互いに被弾はなかった。空中にぶちまけられた7・7ミリ弾と12.7ミリ弾は全て虚空へと消えている。
並木は機体を上昇させ、戦場を広く見渡した。16機の零戦の内、ほとんどがF4Fとの戦いに拘束されてしまっており、ハボック、アベンジャーに攻撃を仕掛けられている零戦は僅かに数機といったところだ。
ここはF4Fを無視して攻撃機を狙うべきだった。
並木は零戦の機首を向ける方向を変えた。
狙いは高度2000メートル付近を飛んでいるアベンジャーの3機編隊だ。
水平爆撃を主に行うハボックよりも魚雷を搭載しているアベンジャーの方が脅威度が高い。なので並木は狙いをアベンジャーに絞ったのだ。
並木機に狙われていることに気付いたアベンジャーが後部機銃を発射し始め、機体を左右に振って零戦からの射弾を躱そうとするが、既にベテランの域に達している並木はアベンジャーを逃すことはなかった。
「喰らえ!」
銃弾を振り払うようにアベンジャーを肉薄にした並木機から放たれた20ミリ弾はアベンジャーの2番機、3番機に突き刺さった。
強烈な打撃を喰らってしまったアベンジャー2機は1機が胴体を切り裂かれて墜落し、もう1機も黒煙を盛大に噴き上げんながら高度を大幅に落とす。
一度に2機のアベンジャーを喰う事に成功したが、零戦の機数の少なさが祟って撃墜・撃破したハボック・アベンジャーは極めて少数に止まっていた。
「くっ・・・!」
第6艦隊との距離はもうほとんどなく、多数の攻撃機を逃がしてしまうことを並木は覚悟したが、その時異変が起こった。
「・・・?」
米軍機の第6艦隊への進路を阻むようにして多数の機体が出現し始めたのだ。
ラバウル所属の戦闘機隊が見参した瞬間であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます