第28話 高角砲轟く

 第2次迎撃に出撃した零戦14機は35機余りの敵機の全てを防ぎきる事はできなかった。


 零戦隊は大いに奮戦していたが、空戦の戦場そのものは第6艦隊の上空に近づきつつあり、「伊勢」の艦上にも「対空戦闘準備」の命令が飛ぶ。


 「伊勢」の右舷側で砲撃音が轟き、空中に爆煙が湧き出す。


 「伊勢」の側に展開していた第9駆逐隊の「朝潮」「大潮」が射撃を開始したのだ。前部1基、後部2基が装備されている12.7センチ砲が咆哮し、4000メートル上空の敵機に向けて砲弾を叩き込む。


 敵機が「朝潮」「大潮」の対空射撃に怯んだ様子はない。1機も落伍することなく、ひたすら突撃してくる。最初に狙われるのは戦力価値の高い空母である「大鷹」か、大物の「伊勢」「日向」のいずれかであろう。


「射撃開始!」


「射撃開始。宜候!」


 「伊勢」艦長高柳儀八大佐の命令に砲術長の鬼塚道弘中佐が即座に復唱した。


「敵機は約10機。機種はハボックと認む!」


「左舷高角砲射撃開始!」


 敵機接近の報告を受け、鬼塚は大音声で命じ、「伊勢」の左舷側が一瞬にして真っ赤に染まった。呉での改装工事によって増設された40口径八九式12.7センチ高角砲がこの日初めて砲門を開いたのだ。


 「伊勢」の主砲である36センチ主砲と比較すると、口径12.7センチというのは豆鉄砲の部類に入る。しかし、片舷2基4門が合わせて砲撃しているときの衝撃は主砲発射時のそれに劣らない。


 その衝撃を受けても「伊勢」の巨体は小揺るぎもしない。大正年間に川崎重工業神戸造船場で竣工した基準排水量38662トンの艦体は高角砲発射の衝撃を余裕で受け止めている。


 第1射は外れる。帝国海軍が誇る最新鋭高角砲といえども最初の射撃で直撃弾を出すことは出来なかったのだ。


 「伊勢」が第2射、第3射を矢継ぎ早に放つ。12.7センチ高角砲は約5秒置きの射撃が可能なのだ。


「ハボック3機向かってきます! 狙いは本艦の模様!」


「『日向』『大鷹』射撃開始しました!」


 「日向」「大鷹」も「伊勢」に続き射撃を開始し、ハボックも対空砲火の脅威を少しでも低減すべく、数機単位の編隊に散開する。


「敵1機撃墜!」


 「伊勢」「日向」「大鷹」の高角砲はなおも炸裂する。


 この3艦だけではない。第10駆逐隊の駆逐艦4隻も主砲を振りかざしており、いまや第6艦隊は一体となって敵爆撃機を向かい討っているような感じだった。


 更に1機のハボックが被弾したとき、一部のハボックが投弾を開始しようとしていた。


 狙われたのは「大鷹」だ。


「『大鷹』面舵!」


 見張り員からの報告が届けられる。


 (大丈夫か? 『大鷹』は)


 高柳は転舵しつつある「大鷹」に不安を覚えた。「大鷹」は艦隊型空母とは違い防御力が非常に低いため、被弾の1発で致命的な事態となってしまう。


 その「大鷹」の舷側から細長い火箭が活火山のような勢いで突き上がる。


 「大鷹」を守る最後の盾である25ミリ3連装機銃8基による対空射撃だ。この機銃は命中率は余り宜しい物ではなかったが、その口径は零戦の20ミリ弾をも凌駕しており、数発が命中すればハボックを打ち砕くことは間違いなかった。


 ハボックが一斉に「大鷹」に対して投弾し、約800メートルの高度から500ポンドクラスの爆弾が次々に降り注ぐ。ハボックは1機当たり7~8発の500ポンド爆弾を搭載できるので、その投弾量は半端なものではない。


 投弾を終えたハボックの1機に25ミリ弾が命中する。そのハボックは投弾直後の機体のバランスが不安定なタイミングで搦め捕られてしまったのだ。


 ハボックが海面に叩きつけられた直後「大鷹」の周りに多数の水柱が奔騰し、「大鷹」の艦体を完全に覆い隠した。


「・・・!!」


 とてつもない光景に高柳は自艦の対空射撃の事も忘れて息を飲んだが、水柱が崩れたとき、「大鷹」が健全な姿を現した。


 ハボックの水平爆撃はドーントレスの急降下爆撃に比べて命中率が極端に低かったため、「大鷹」は辛うじて虎口を脱することができたのだ。


「『大鷹』被弾なし! 至近弾多数の模様!」


「流石は歴戦の高次大佐だな」


 高柳はこう呟きながら大きく安堵した。艦隊防空の要である「大鷹」がこの早い段階で被弾してしまうと第6艦隊全体にとって致命的な事態に陥ってしまうからだ。


 至近弾によって多少の浸水が「大鷹」を蝕んでいるかもしれなかったが、直撃弾さえなければ「大鷹」はまだ闘うことができる。


 「大鷹」が敵弾を回避したのも束の間、「伊勢」にもハボックが至近距離まで接近してきた。


「右舷高角砲、両舷機銃座射撃開始!」


 鬼塚が新たな命令を発した。


 大小多数の砲銃弾がハボックに殺到するが、今度は被弾・墜落するハボックはいない。機銃の射撃開始によって強烈な弾幕が形成されるように遠目からは見えたが、肝心のハボックには殆ど命中していないらしい。


「不味いな・・・!」


 高柳が呟き、次の瞬間、対空砲火を振り払うようにして2機のハボックが「伊勢」に投弾を敢行する。


 爆弾が「伊勢」に着弾するまであと数秒だった・・・

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