第22話 陸攻隊の険路

 指揮官機のコックピットから、発光信号が送られた。


「南50海里にポートモレスビー。敵機の存在は確認できず」


 一式陸攻装備の第301航空隊第4小隊1番機の偵察員を務める浜田龍兵飛行兵曹長が伝声管を通じて報告を上げた。


「どれどれ」


 1番機の機長を務める篠崎翔太中尉は体を少しだけ搭乗員席から浮かせて前方の海面を確認した。


 ラバウルの第1飛行場から出撃して既に3時間が経過していたが、空中を進撃している一式陸攻・零戦以外には何も確認する事ができない。眼下には広大な海原がひたすら広がっているだけだ。


「報告通り敵機はなしか・・・」


 篠崎は周囲を確認した後に呟いた。


 ラバウル~ポートモレスビー間の航空戦の火蓋が3日前の米軍機のラバウル来襲によって切って落とされたため、長らく待機状態となっていた陸攻隊にも出番が回ってきたのだ。


 第301航空隊の所属機は3日前の空襲によって1割程度が失われてしまったが、それでも55機の一式陸攻が今日の攻撃に出撃しており、搭乗員達の士気も極めて旺盛であった。


「指揮官機より入電。『突撃態勢作れ』」


 新たな報告が入り、55機の陸攻が次々に高度を落とす。


 高高度から爆弾を投下するよりも低高度から投下した方が目標に対する命中率が格段に上昇するため、陸攻隊は高度を徐々に落としていく。


「ポートモレスビーまで40海里!」


 航法を担当している高木宗一飛曹が篠崎に報告を上げた直後に、静かな進撃を引き裂くようにして異変が起こった。


 篠崎機の右を飛んでいた陸攻2機が立て続けに火を噴いて墜落していったのだ。そして、陸攻隊の上空からF4Fが逆落としで突っ込んでくるのも確認できた。


「敵機か!?」


「敵機出現20機以上!」


 篠崎の叫び声と浜田の報告が重なった。


 突っ込んでくるF4Fに対して陸攻隊が弾幕射撃を開始した。一式陸攻に装備されている4挺の7.7ミリ旋回機銃の内、上部に指向可能な2挺から火焔が吐き出され弾幕を形成する。


 F4Fは7.7ミリ機銃弾の存在など無視するかのように突撃してくる。


 篠崎は操縦桿を右に倒した。


 陸攻が右に大きく傾き、F4Fから放たれた青白い火箭が機体の左方を通過していく。F4Fの両翼から放たれる12.7ミリ弾は防御力が貧弱な陸攻にとっては1発1発が死の拳に等しい。何が何でも被弾する訳にはいかなかった。


「喰らいやがれ!」


 篠崎は前方を通過していくF4Fに対して7.7ミリ機銃弾を放った。F4Fの至近距離から放たれた7.7ミリ機銃は何発かがF4Fに命中したように見えたが、F4Fは墜落するどころかグラつきすらしない。


 恐るべき防御力である。


 F4Fが、前方で急旋回をかける。零戦に比べ速力と格闘性能は劣っていると言われているF4Fだったが、陸攻に比べれば遙かに身軽な機体である。「山猫ワイルドキャット」に相応しい機動を見せており、陸攻隊を翻弄しつつあった。


 篠崎はF4Fの狙いを乱すために陸攻の降下スピードを小刻みに変えていく。しかし、巨体を持つ陸攻の的が大きい事には変わり無く、難なく陸攻に取りつくことに成功したF4Fは機銃弾を両翼からぶちまける。


 篠崎は今度こそ被弾・墜落を覚悟したが今度も1発の被弾もなかった。幸い胴体や翼には被弾がなく、陸攻の推進力の源たる2基のエンジンも力強い咆哮を上げ続けている。


 F4Fが後方に抜けたとき・・・


「橋本機被弾! 寺山機被弾!」


「第3小隊も1機被弾した模様です!」


 次々に僚機の被弾報告が飛び込んでくる。


 近くで鈍い音がなり、篠崎は反射的にそっちの方向を見た。その目に飛び込んできたのは燃料タンクを貫かれて火だるまになった橋本機の断末魔の姿だった。


 陸攻隊が次々に撃墜されているのを護衛の零戦隊は黙って見てはいなかった。


 F4Fとほぼ同数の零戦が挑みかかり、3機のF4Fがたちまち撃墜される。陸攻隊が甚大な被害を被っているのを見て、零戦の搭乗員達も大いに責任を感じているのかもしれなかった。


 被弾を免れたF4Fが機首を押し倒して、零戦に立ち向かう。


 陸攻が飛んでいる空域で零戦のスマートな機体とF4Fのズングリムックリとした機体が、相対速度1000キロメートル/時で交錯し、20ミリ弾、7.7ミリ弾の火箭と12.7ミリ弾の火箭が空中を飛び交う。


 陸攻に機首を向けたF4Fの背後から零戦がやらせんとばかりに喰らいつき、7.7ミリ弾の射撃で牽制した後に本命の20ミリ弾を撃ち込む。


 20ミリ弾にプロペラを粉砕されてしまったF4Fは推進力を失い、海面に激突する。


 零戦隊に気を取られるばかりに陸攻が放った機銃弾の流れ弾が命中するF4Fもある。


 被撃墜を出しながらもF4Fが怯むことはない。ラバウルを守っている零戦隊が必死なようにあっちもまた自分達の飛行場を守るために必死なのだ。


 零戦・陸攻にも被弾機が続出する。篠崎の視界に入っているだけでも4機の零戦が撃墜されており、陸攻隊の残存兵力も7割程度となってしまっていた。


 陸攻・零戦・F4Fの3機種が空中を入り乱れる中、空中戦の戦場はポートモレスビーの上空に近づきつつあった・・・



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