第13話 艦攻隊苦戦

 下園をはじめとする第1特別航空隊の活躍によって相当数のF4Fを叩き落とし、後続の97艦攻の攻撃は容易になると考えられたが、戦場というものはそんなに甘い場所ではなかった。


「最悪だな。この新手の敵機はどこから現れた?」


 艦攻隊の総指揮を執っている吉村智則少佐は機内で盛大に舌打ちをした。


 まだ艦攻隊は敵の輸送船団を視認していないのにも関わらず、30機以上のF4Fからの迎撃を受けようとしていた。


 艦攻隊に随伴していた12機の零戦は一足先に動いた。スマートな機影が大気を切り裂くようにしてF4Fの大群に突進していく。


 F4Fに次々に取り付いた零戦から火箭が噴き伸び、20ミリ弾を撃ち込まれたF4Fが次々に火を噴く。


 3機のF4Fが一瞬の内に撃墜されるが、残りのF4Fは艦攻隊に向かって猛然と突っ込んでくる。


 1機のF4Fが97艦攻の4機編隊に向かって機銃弾を浴びせようとしたが、その前にF4Fの背後に取り付いた零戦の搭乗員が機銃発射レバーのボタンを押した。


 後ろから不意打ちの一撃を喰らったF4Fは錐揉み状に回転しながら海面に激突する。


「隊長、グラマン後ろ上方! 機数2機!」


 零戦の戦闘を躱したF4Fが吉村機にも接近してきたのだ。


「機体を左右に振って躱せ!」


 97艦攻に装備されている機銃は7.7ミリ機銃1挺だけなので、ここは機体を振って敵機の銃弾を躱す他ない。


 機体の後部から機銃の連射音が響いた。吉村の後ろに構えている機銃手が7.7ミリ機銃を発射し、F4Fに立ち向かっているのだ。


「危ねぇ!」


 吉村は思わず叫んだ。F4Fから放たれた12.7ミリ機銃弾が吉村機の機体を掠めたのだ。防御力が非常に貧弱な97艦攻は至近弾でも思わぬ被害が出るかもしれないので、至近弾でも冷や汗ものである。


 金属的な爆音を轟かせながら、吉村機の頭上をF4Fが嘲笑うように通過していった。


 それに対してこっちはあろうことか機首に機銃が取り付けられていないため、歯噛みするのみである。


 吉村が悔しい思いをしていると、前方を通過していったF4Fの下方から2条の太い火箭が突き上がるようにして突き刺さった。


 燃料タンクを粉砕されたF4Fは火だるまになって墜落する。


「赤坂機被弾! 蝶野機被弾! 後続の機体にも被弾・墜落機が出ている模様!」


「了解!」


 偵察員からの報告が飛び込んできたが、今はどうしようもない。ただ敵の輸送船団に向かってひたすら進撃するのみだ。


 吉村の視界に2隻の駆逐艦が現れた。


 駆逐艦の大きさそのものは艦隊型駆逐艦の8割程度に感じられたが、機銃の装備数は非常に多い。輸送船団の護衛用に新たに建造された新型の駆逐艦かもしれなかった。


 (米軍は輸送船団の護衛にも多数の駆逐艦を投入してきている。そして、F4Fが多数乱舞していることも考えると、護衛空母も随伴しているのだろう。何という国だ・・・)


 このような思考が一瞬吉村の脳裏をよぎった。


「隊長! 輸送船団です! 輸送船の隻数数十隻!」


「第1中隊、第2中隊目標右側の輸送船。第3中隊、第4中隊目標左側の輸送船。全機突撃せよ!」


 敵の輸送船が次々に出来うる限りの回避運動を開始し、少し離れた海面では「蒼龍」の7割程度の全長を持つ空母が、白波を蹴立てながら急速転回している。


 F4Fの執拗な迎撃が止み、敵艦の対空射撃が艦攻隊を向かい入れる。


 正面から多数の曳痕が殺到してくる。それは東南アジア諸国のスコールを思わせるような弾量であり、ともすれば機体を翻したい衝動に駆られる程だ。


 吉村は操縦桿を前に倒し、97艦攻の高度が更に下がった。現在の97艦攻の高度は高度50メートルといった所であり、手を伸ばせば手が海面に届きそうだと感じられる高度である。


 この高度で進撃するのは非常に危険だが、敵弾の雨を回避して敵輸送船を肉薄にするにはこの方法しかなかった。


 吉村機のバックミラーに水柱が映り込んだ。1機の97艦攻が高度を下げすぎて海面に激突してしまったのだろう。


 そして・・・


「第1中隊更に2機被弾! 第2中隊残存5機!」


 膝下の艦攻の被弾が相次ぐ。高度を十分に下げきる事が出来なかった艦攻から次々に敵艦の対空砲火に狩られているのだろう。


 ここで、対空砲火の弾量が6割程度にまで激減し、さっきよりも視界が格段に晴れてきた。


 何が起こったのかと吉村が前方を見つめると、敵巡洋艦1隻、駆逐艦1隻の艦内から盛大に黒煙が噴き伸びているのが確認された。


 被弾損傷し、帰還不能と見た97艦攻の搭乗員が敵艦の体当たりを敢行したのだ。


「てっ!!」


 敵艦の対空砲火の間隙を縫って、吉村は魚雷の投下レバーを引いた。


 97艦攻の機体が軽くなり、僅かに上昇する。


 第1中隊の残存機も順次目標に向かって魚雷を投下し、投雷を終えた97艦攻は蜘蛛の巣を散らすようにフル・スロットルで離脱にかかる。


「敵輸送船1隻に魚雷命中! 本機の戦果です!」


「・・・よし!」


 何機もの97艦攻を失ってしまったが、吉村機は敵輸送船1隻に魚雷を命中させることに成功したのだ。


 その時、吉村はふと思った、


「果たして損害に見合うだけの戦果を挙げることが出来たのだろうか」・・・と。








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