お嬢様、魔王殺しのお時間です。〜美少女悪魔との契約から始まる暴食サーチ&デストロイ〜

肩メロン社長

Adolforise

000 オリジン

 最強の冒険者。彼女を見た者は、誰しもが口を揃えてこう賞賛した。アルテミシア・ファニーは、最強の冒険者だった。


 数多の武勇を謳い、存在を天地に刻みつけ、武芸者ならばかくあれかしと残した逸話は冒険者のみならず、何かを背負って戦う者たちすべての規範として語り継がれていった。


 もはや彼女に等級をつけることすらおこがましく、一国の王であろうと片膝をついて接しなければならぬほどに権力も強かった。至るところに彼女の逸話をモチーフにした石像が立ち並び、国は彼女の武勇を我が事のように誇り、振る舞った。


 アルテミシア・ファニー。元はただの村人であった彼女は、賢者に見出されたことにより人生を一変させる——当時のことを懐かしむように翡翠色の瞳を細め、その始まりの地、始まりの村で彼女は、剣を抜いた。



「これは私の落ち度……私の責任。だから、テレジア。あなたはそこで見ていて……ううん、違うわね。逃げなさい、テレジア。できるなら、見ないでほしい。この場から去って、生き延びて。私のことは、恨んでくれていいから。一生、恨み続けてもいいから……」



 赤くさんざめく街並。崩れ、燃えて、人々の慟哭と煙が立ち込めるその道を、女がこちらに向かって歩いていくる。嫣然えんぜんと男を惑わす色香を振りまいて、黒く染め上げられたロングヘアを爆風に揺らす。左手の薬指に嵌められた指輪が赤く瞬いた。その指先、無造作に掴まれた生首は紛れもなく父の横顔で、



「ひぅッ、ぁ———ッッ!?」



 思わずアルテミシアの背に隠れて、テレジアは声にもならない悲鳴を上げた。アルテミシアは、言い聞かせる。大丈夫。私がなんとかする。私が倒して見せるからと、テレジアの頭を撫でた。



「だから、お願い。逃げて。必ず魔王を……あなたのお母さんを、へレイアを助け出して見せるから」



 それが最期に見た、アルテミシア・ファニーの笑顔だった。今、彼女は黒く暗い沼底に沈み込んでいくようにして、瞳を暗転させていた。最強と謳われた冒険者の生首が今、私の足元に転がっている。



「テレジア。おいで、テレジア。私の愛おしい娘」


「い、イヤ……」


「何も心配は要らないわ。大丈夫、あなたは私の後釜になるの。魔王になれるのよ?」


「イヤだ……ッ」



 母の声音で、笑顔で、手で、瞳で、テレジアを優しく諭し、手を伸ばして見つめる女。かつて、へレイアという一人の冒険者だった女は、美しいブロンドを黒く染め上げ、禍々しく漂う一振りの剣を侍らせて、テレジアの前に立つ。


 側から見れば、聞き分けのない子供を非常事態の只中であやす母親という構図にも見てとれただろう。しかし、



「さあ、おいで。テレジア、かわいい私のお嬢さんフロイライン。なんておまえは美しいのだろう——」



 実際は、そんな温かみのある優しい構図ではなかった。たとえ慈愛に満ちた、我が子を慮る母親の眼差しがそこにあったとしても。それらはすべて偽物で、虚構で、彼女は母親ではなく、母親を殺したバケモノで。


 

「来ないで……ッ、来ないで……たすけて、誰か——」



 父を殺したその手が、アルテミシアを殺したその手が、街を焼き払ったその手がテレジアに伸びる。女の周囲を旋回する黒剣の影が、夥しい人影を映し出した。異様で、異質で、異端な存在が踊る。ノロノロと、祝福するように。動き始めたその影たちの中に、テレジアは父の姿を見た。



「だれか……たすけ、て——」



 祈りは届かない。異形の影が嗤い、女が微笑わらう。伸ばされた手がテレジアの頭部に触れて、そこで初めて……テレジアは絶叫した。声帯が壊れるほどに。この世界を否定するように。目の前の、母の皮を被った魔王バケモノを拒絶するように、絶叫する。



「帰りましょう。私たちの家へ」



 そこから先はなにも覚えていない。私は無意識に、気を失うことで自我が壊れてしまうのを防いだ。


 その日から、私の地獄は始まった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る