情報とは。
カーンッ・・・。
カン、カン、ガッ・・・・ッ。
二人の打ち合いはまだ続いていた。
速度はそのままに、色々な姿勢で技を繰り出しながらも決して倒れることはない。
とくに、ナタリアの身のこなしは尋常ではなかった。
【体幹が・・・。普通ではない・・・?】
重心が高くても低くても、背後の攻撃をかわすときでさえ、一切の無理がない。
【そのとおり。彼女の強さの理由の一つよ。八歳から二年間、みっちり鍛えられたから】
【騎士たちにですか】
【いいえ。旅芸人よ】
【たび・・・げいにん?】
ギルフォード一族がダドリー領主屋敷を攻めてくる直前。
たまたま、旅芸人の一座が領内に滞在していた。
そこで、私設騎士団の団長がナタリアとルパートの髪を指の関節二つ程度まで短く切り、黒く染めて貧しい男児の服を着せた。
そして一座の子供としてダドリーを脱出させたのだ。
もちろん、検問はあった。
しかし、大柄なルパートを兄、標準体型のナタリアを弟とし、ポニーに乗る曲芸師だという申告をあっさり相手は信じた。
ギルフォードの末端は姉弟を間近に見たことはなかったし、貴族の子供という先入観があった。
もともと野山を駆け回り、農耕の手伝いをする二人は小麦色に焼けている上に筋肉質で上品さのかけらもない。
託された旅の一座にすぐ馴染み、色々、仕込まれた。
【彼らがみっちり仕込んだのは、曲芸二割。八割以上はあらゆる戦い方だったそうよ】
旅芸人というのは、もとは曲芸や歌や踊り、人形劇や恋愛劇など、庶民の娯楽を運ぶのがもともとの仕事だった。
しかし、何度も傭兵崩れたちに襲われているうちに形態を変える決心をした。
彼らは身を守るための技をどんどん取り込み、いつしか裏稼業で財を成すようになる。
その一部が情報屋、そして密命を帯びたいわゆる護衛や暗殺を生業とし、芸人はあくまでも表向きの看板、もしくは趣味程度に抑えた。
時間と能力には限りがある。
その人に合った必要なことをできる分だけ習得すべきだ。
無理は全てを台無しにすることも学んだ。
そんな人々にたまたま預けられた二人はすぐさまあるゆることを吸収した。
彼らの仕事の都合でいろいろな国を回ったために親元へ帰るのが遅れたが、食糧難と資金難に陥っていたダドリーとしては、子供たちの二年に及ぶ武者修行はありがたいことこの上なかった。
【なるほど。確かにナタリア様の動きは騎士のものではありませんね。もしかして、あの五本勝負ももともとはそこで教わったやり方ということですか】
【その通り】
ガキイッ・・・!
いったんお互い遠くへ引いたリロイとナタリアが、また全速力で駆けより木剣を合わせた瞬間、勝負がついた。
「参りました」
「うん、長丁場お付き合いありがとう」
ナタリアの勝利で幕を閉じ、騎士たちはどよめいた。
【あの方は・・・。計り知れない】
【ええ、本当に】
パール夫人は口元に扇子を当て、喉を鳴らしながら笑った。
【話は変わるけれど、一応、護衛騎士のあなたの耳に入れておくわ】
【はい】
ちょいちょいと扇子で呼ばれたので、トリフォードはパール夫人の口元近くに頭をかがめた。
【ダドリーを尋ねた時に一度、温泉をご一緒させてもらいまして。その時のナタリア様の身体がまあ見事だったので王太子妃様に自慢したら、それがまわりまわって妹の耳に届いてしまったのよね】
パール夫人のささやきは、予想外だった。
【・・・はい?】
思わず、まじまじとメガネの向こうの瞳を見つめた。
【そうしたら、喜び勇んでウェズリー侯爵家を突撃したようで】
【なんのことなのか・・・】
【妹の名前は、ジェニファー・ホーン】
言われて、思い出す。
ナタリアの初夜の診察をし、現在東の館に頻繁に出入りしている医師。
【あ・・・。あの、ホーン医師ですか】
【ええ】
確かに二人とも黒髪で理知的な顔立ちだが、小柄なパール夫人と大柄なホーン医師とは言われるまで血縁として結び付かなかった。
【妹は・・・。実は骨格と筋肉のバランスにこだわりがあって】
【は・・・?】
【体幹と筋力・・・。その他もろもろを鍛えた女性の身体ってめったにないでしょう。若いころは一度、異国の舞姫を追いかけてなかなか帰ってこなかったくらい好きなのですが、この国は淑女ばかりで。ところが、ここにきて王都にナタリア様ご降臨でしょう。あの子ったら大興奮で、もう】
きゃっと、うっすらと赤く染まった頬に両手を当ててパール夫人がはしゃぐ。
ナタリア様の裸体について王太子妃様へ事細かに報告し、
いたく感動した王太子妃様は主治医の一人のホーン医師に語り、
それを聞いたホーン医師は偶然にもナタリア様を娶ったウェズリー侯爵に召喚され、
その筋肉を見るためにうきうきと出動した。
ちなみに、ホーン医師はパール夫人の少し年の離れた妹。
そして、この件について、パール夫人は思わず頬を染めるほど興奮している。
これであっているだろうか。
情報量が多すぎて頭の処理ができない。
【・・・・そうですか】
ついうつろな顔で適当な相槌を打ってしまう己を誰か許してほしい。
【これからもたびたびご迷惑をかけることと思いますが、大目に見てくださいね】
【ハイ・・・ショウチイタシマシタ】
女性という生き物がまったく分からない。
それだけはわかる。
トリフォードは深く深くため息をついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます