ギルフォード一族の乱の顛末

 事の発端は、33年前の領地替えだ。


 政界の良心とナタリアの曾祖父に当たるダドリーの当主が亡くなったのを機に、ウェズリー大公に嵌められ、先祖代々守ってきた実りのある土地と二国と隣接する上に痩せた山岳地帯を要する難所を交換させられた。


 実は、こういったことは何件か起きていた。

 表向きは脱税防止だが、実際は大公閣下の取り巻きのおねだりを聞きいれるついでにうわまえを撥ねようというもの。

 そうして、ますます私腹を肥やし、その金で国王を凌ぐ力を手に入れていった。


 その頃、継承したばかりの最西の辺境の地に嫌気がさしたトランタン伯爵は、結婚して間もない妻に提案した。


 ウェズリーの愛人になって、領地替えをねだってみないか、と。


 同じく辺境へ嫁いだことに不満を燻ぶらせていたトランタン伯爵夫人は二つ返事で飛びついた。

 夫公認での愛人志願。

 寵愛されている間は権力のおこぼれとぜいたくな暮らしを楽しみ、飽きられたら手切れ金代わりに領地をせしめる。

 良いこと尽くしだ。

 運のよいことに、彼女はウェズリー大公好みの金髪碧眼で容姿だけは整っていた。

 なので思惑通りに複数の愛人の一人に加えられ、ほどなく妊娠した。

 腹が膨れてくると関係は終わり、生まれた子供は修道院へ放り込まれたが、安産だったこともあり、夫人はすぐにその子供のことは忘れた。


 そして待ちに待った手切れ金交渉。


 大公の秘書がやってきたので、即領地替えを提案すると反応はまずまずだったため内心ほくそ笑んだ。

 ちょうど折よくウェズリー大公も、長年対立していたダドリー伯爵家への報復行為をもくろんでいる最中だったのだ。


 こうして、トランタン伯爵夫妻はダドリー伯爵の実りある領地を合法的に手に入れた。


 さらに狡猾なトランタン伯爵は、領地交代の際に辺境の地にとある仕込みを行う。

 それは、縁戚のギルフォード男爵と仲違いをしたふりをして、一族丸ごと辺境に置き去りにしたことだった。

 思惑に気づかないダドリー伯爵家は、領地経営に明るいギルフォード男爵を地域住民とのパイプ役として重用する。


 そして二十年後。


 善良で知恵者のダドリーたちの力で、辺境はみるみる変わっていく。

 不毛の土地と称されたかつてとは比べ物にならないほど希望に満ちた領内。

 しかも次期当主には北国から絶世の美姫が嫁いおり、それがまたウェズリー大公好みど真ん中だ。


 熟した果実を収穫する時期が来た。


 そう判断したギルフォード一族は、その年の収穫が終わったころに蜂起した。

 長い時間をかけて領民たちを丸め込んでいたため、勝算はもちろんあった。


 まずは次期当主の妻ヘンリエッタを手中に収め、直系たちの首を狩る。

 ダドリー伯爵、息子のジャック、その長男トーマス、次男ルパート、三男ジュリアンの五人を殺してしまえば、分家筋はどうとでもなるという乱暴なものだが、ものの数日で終わらせるつもり満々だった。


 ところが、初っ端から誤算が生じた。


 最初に誘拐すべきヘンリエッタ夫人が当時十一歳のトーマスと三歳のジュリアンを連れて王立騎士団の詰め所の方へ慰問に行っていたのだ。

 もちろん、買収している騎士が数人紛れ込んでいる。

 彼らに手引きさせて潜入を試みるつもりだったのを早々に読まれ、長女が留学している西北の国、サイオンへ逃れられてしまった。

 直系の子供に三女で八歳のナタリアと次男で七歳のルパートの姉弟が屋敷に残っていたことに気づき手に入れようとしたが、二人も忽然と姿を消した。


 しかも、柔和な者どもと侮っていたダドリー一族と配下は意外にも強く、また直轄地の領民たちをはじめけっこうな数がダドリーについた。

 その上、思ったほど統制が取れず、戦いに興奮した一部の若者が領内に次々と火を放ち、あろうことか田畑を含め領民の備蓄穀物を焼失させた。

 隣接する二国と他領は飛び火することを恐れギルフォードへの加担を拒否し、つながる道を閉鎖したので陸の孤島での死闘へとなるのに時間はかからなかった。

 ダドリーも国に事の次第を上奏し仲裁を求めようとしたが、トランタン伯爵とウェズリー大公が手を回して握りつぶした。



 そしてやってきた冬はかつてない極寒。


 よりによって十年に一度と言われる寒波がダドリー領内を荒れ狂い、さすがに休戦になった。

 行き場のない者に凍死と餓死が出て、まさに地獄だった。


 しかし春になると、生き延びたギルフォードは諦め悪くも傭兵を募り戦いを続行した。

 さすがにそんな彼らに従う領民は少なく、それから二か月余りでギルフォード一族をことごとくしとめなんとか平定したが、ならず者が暴れまわったせいで荒れた土地に満足な作付けができなかった。


 満身創痍のダドリーはそのまま次の冬を迎えねばならず、領民を生かすために多額の借金を負うことになる。



【なんとか食いつないで、生活の目途が立ったのはギルフォード一族を処分して一年後くらいだったかしらね】


【そんなことが・・・】



 そこでようやく思い出す。


 最西の領地に残るギルフォード一族は、流行り病で運悪くことごとく亡くなったと聞かされたことを。



「まさか・・・。そんな非情な」


 トリフォードは、暗澹たる思いに陥った。




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