犬シリーズ

高井 緑

短編:『木箱』

 休みにおばあちゃんちに行くとおこづかいをくれる、それをずっと使わないで貯めていた。中学生の時、お金よりこっちがいいかぁ?と小さな木箱を貰って、何故だかすごくうれしかったのを覚えている。凹凸は無く、表面はすべすべして、木の節目模様が綺麗で。節分の夜に炒り豆を入れるマスのようだと思った。

 おばあちゃんちで飼ってる犬に自慢気に見せに行ったら、少し臭いを嗅いで、食べ物じゃないと分かったのか興味無さそうにしていた。それを上着のポケットに入れて、そのまま流れで犬の散歩に行くことになった。山奥の田舎で、車もそんなに通らない道路で犬と一緒に走り回って遊んでた。そろそろお昼ご飯の時間だと思って来た道を引き返そうとしたら、犬が急に吠え出した。まだ遊び足りないのかと思いながらリードを引っ張って無理やり連れて帰った。家に着いてからもずっと吠えてるから、流石におかしいなと思ってたんだけど、気づいたらポケットに入れてたはずの木箱が無くなってた。失くしたって言ったら怒られるかと思って、ご飯の後一人でこっそり散歩した道を探してみた。見つからないうちにじわじわ天気が悪くなっていって、一応傘を取りに戻った。すると犬が、じっ……とこちらを見ているので、なんとなく連れていくことにした。犬はもう吠えなかったが、いつもは我先にと走っていくのに、その時はまるで歩調を合わせるように歩いていた。まるで急に年老いたみたいだった。

 くんっ、とリードが引かれ、犬が神社に登る階段の前で立ち止まったことが分かった。大きな石の鳥居と手水がある。私はもう、行先を犬に任せるつもりだったので、じゃあ登るかという気になった。折角なので作法通りに手と口を洗って、犬の手も洗ってやろうとした。犬は柄杓からごくごく水を飲んだ。

 長い階段を登るとそれだけで結構疲れる。神社はその1年前くらいに建て直されたばかりでとても綺麗だった。建て直して、仮屋に居た神様をこちらに移す記念の式典?で餅を配る時に来て以来だ。小銭入れを出して豪勢に100円玉を投げようとしたとき、賽銭箱の後ろ、社の縁側に、今朝私が貰ったはずの例の木箱を見つけた。

 流石に不気味に思った。

 散歩ではここまで来てないし、誰かが拾ってここまで持ってきたというのはあまりにも不自然だと分かった。ただ誰が見てる訳でもないのに、ビビってると思われたくなくて「ふ~ん、やるじゃん、臭い覚えてたのか?」とか犬に話しかけていた。

 取って帰らなきゃと思うものの、ほんの数歩がなかなか踏み出せない。「ほれ、取ってこいよ」と犬をけしかけたが、くぅん?と不思議そうにするばかりだった。「あれ、持って帰った方がいいよな?」くぅん……やはり首を傾げる様子の犬。ぽつ、ぽつと雨が振りだしてしまった。 

 ひとまず、握ったままだった賽銭を入れて二礼二拍一礼をした。何故だったか全然関係ないことを必死にお祈りした気がする、高校受験のこととか。鰐口は鳴らしたか、覚えてない。それからちょっと軒下で雨宿りをした。そんなに酷くはならない気がした。犬がくぁ~とあくびをしてて、帰らなきゃなと思った。

 だから雨が止んだ時「よし、あの箱は俺が貰ったんだから、俺が好きにしていいよな。じゃあ神社に奉納する」と宣言した。決めてからは振り返らずに階段を降りた。犬も大人しく着いてきた。下に着いてからようやく振り返り、見上げると丁度雲が晴れたところで、思わず眩しいと眼を瞑って頭を振った。

 確か鳥居をくぐる作法は一礼するんだったなと思いだし、傘を閉じて礼をした。犬を見ると鳥居に小便をしていた。まったり犬が用を足すのを待って家に帰った。

 一晩泊まって、翌日帰る段になり、いつものようにおこづかいを貰った。今思うとお金の代わりに貰った木箱のはずだが、当時は特に気にせず貰えるものは貰っていた。木箱を失くしたことは現在も黙っているが、もしかして言った方がいいのだろうか。昨日、件の犬が亡くなったと聞き、この体験を思い出したのでメモに残しておく。

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