第三十四話「落ち着く」

「どうして――」と持月が言いかけると、「さっき受験票見せてくれた時に、ちらっと見えたから」と彼女はすぐに付け足した。


「私は桃園女子なの。結構近いよね。もしかしたら通学の電車で前にも会ってたりして」


 彼女はそう言って奥ゆかしく微笑むと、「そっか。だから予備校も同じなんだよね」と一人で納得したように頷いている。


「それ、食べないの?」


「え?」


 先程からもじもじと触っているだけで一向に開く気配のない弁当箱に視線を遣った持月は、指差しながらそう尋ねた。するとまるで飼い猫をいたわるようにそれを撫でた彼女は、「あなたは?」と尋ね返した。


「僕は、これ」と言って持月が鞄から取り出したコンビニの袋を見せると、「やっぱり、コンビニで買ったやつだよね」と彼女はどこか決まり悪そうに答えた。


「駄目かな?」


「ううん! 違うの」


 彼女は慌てて顔の前で手を振ると恥ずかしそうに俯き、「周りの人たちを見てたら、お弁当箱なんて持ってるの私だけだし、『あの子、たかが模擬試験で気合入れすぎ』とか言われてるのかなって」と言った。「そう思うと、少し居心地が悪いっていうか……。本当はね、今日も友達と一緒にお昼を食べる約束をしてたんだけど、その子が急に風邪引いちゃったから、それで――」


「僕はお弁当の方が良いけどな」


 持月は彼女の言葉を遮るようにそう言うと、「だって、そっちの方が落ち着くし」と真顔で答えた。


「落ち着く?」


 彼女はその言葉の意図が分からず、戸惑いの表情を浮かべている。


 それを見た持月は気づいたように、「あ、僕の両親は共働きなんだけどさ、いつも朝が早いからある日母さんに『無理して作らなくても良いよ』って言ったことがあるんだ」と早口に説明した。「そしたら次の日から、一度も作ってくれなくなったんだよね」


「えっ! 一度も?」


「うん。すごく極端な人なんだ」


 持月はそう答えると苦笑いを浮かべ、「正直たまには作ってほしいけど、『無理しないで』って言ったのは僕の方だし、今さらまたお願いしづらいっていうか」と言った。


「だからお弁当箱を見ると、僕はちょっと羨ましいかな。手作りのお弁当を食べてる時だけは、何処にいても家の食卓にいる感覚になれるし。うちの味だなぁって」


「あっ、だから落ち着く! 確かに、まったりするよね」


 彼女は嬉しそうに持月の意見に同意すると、「今まで、そんな風に考えたこともなかったな」と答えながら、自身のお弁当箱を大事そうに見つめ始めた。


「周りの人との違いを、気に病む必要なんてないよ」


 持月は微笑みながらそう言うと、「周囲との相違点はむしろ誇るべきだって百瀬、あっ。友達が! そう言ってたんだ」


「ふふ」


 焦ったように言い直す持月を見た彼女は、片手で口元を覆いながら上品に笑い、「そのお友達は、自分にとっても自信があるのね」と言った。


「ありがとう。今日は一人で少し心細かったけど、あなたのおかげで午後も頑張れそう。あ、お名前……」


「持月! 持月薫です。その、君の名前は?」


「私は、勝来かつき舞衣って言います。よろしくね、持月くん」


「こ、こちらこそ! ……よろしく」

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