第二十四話「殺伐とした空気」
「モモ! もう終わる?」
前回と同様に騒がしく扉が開いたかと思えば、姿を現したのは須藤玲奈一派だった。「急に人数足りなくなっちゃってさ、この後来れない?」
早口にそう言ったのは、先日百瀬から色々と話を聞かされていた小宮という女生徒である。普段からけらけらと笑い声を上げるその女はまるで太腿を見せびらかすようにスカートを短くし、持月が遠目に見ても分かるほどに化粧が濃かった。髪には部分的に深い緑色が混ざっており、近くに寄ると、ラーメンにかけた胡椒のような香水の臭いが鼻についた。
「ねぇねぇ、どうよ?」
他に大柄な体つきをした大森という女がいた。彼女は目つきと言葉遣いが人一倍乱暴かつ威圧的で、時おり傷んだ茶髪を手でかきあげるのが癖のようだった。
松村愛美の姿は見られないが、飛車と銀の駒を引き連れた須藤玲奈は我関せずといった風にラックから雑誌を掴み取ると、ぱらぱらとページを捲り始めた。
「……あたしを誘ってくれるの?」
口元に両手を当てた百瀬は嬉しいような、戸惑うような絶妙な表情を浮かべながら、「あたしなんかが行って、迷惑にならないかなぁ」といつもの調子で答えている。
持月の方をちらりと見遣った彼女はどこか気まずそうに片目を瞑ったが、彼にはそれがどのような合図であるのか、そもそもどんな誘い話であるのかも見当がついておらず、彼女らのやりとりを静観するほかなかった。
「駄目なの?」
床の上に雑誌を放り投げた須藤玲奈が可憐な声で百瀬に詰め寄る姿は、間近で見ると驚くほどに美しかった。額の中央で分けた長い黒髪は頭頂部の辺りに光の輪が浮かび、横広で涼しげな目つきに鼻筋の通った顔つきはいかにも育ちのいい御令嬢といった風情だったが、溢れ出る威圧感や背筋が凍るほどに冷たい視線からは、どこか物騒な気配が感じられた。
「ううん、駄目なわけないよ。あたしも行きたい! でも……」と答えた百瀬は強ばった笑みを浮かべ、「まだ図書委員の仕事が終わりそうになくて……。わざわざ待ってもらうのもみんなに迷惑でしょ? だから、今日は――」
「愛美ね、今日になってドタキャンしたの」
須藤玲奈は彼女の言葉を遮るようにそう言った。「もう少し、友情を大切にしてくれる子だと思ったんだけど」
「そうそう! あいつマジで腹立つわ。ぶりっ子だし、生意気だしさぁ」
大森がそう怒鳴ると、「玲奈もあんな男に色目ばっかり使う奴、仲間から外しちゃえば?」と続けて小宮が怒りを込めて言った。
「ギリギリで断るのはひどいよねぇ。……可哀想な玲奈ちゃん」
百瀬は瞳を潤ませ、心から同情するような表情で須藤玲奈を見つめていたが、彼女はその言葉を無視するように、「じゃあ、またみんなで遊んであげるのが良いかもね」と取り巻きの方を見ながら厭らしく微笑んだ。
刀の柄に手を翳し、抜刀術を行う寸前の侍を思わせるほどの鋭い殺気。まるで蛇に睨まれた蛙という諺を自ら体現するように、百瀬は青ざめた表情で身を竦めていた。
「モモは、うちの親友だよね?」
彼女の方へ向き直った大蛇は、今にも目の前のか弱い存在を丸呑みにする勢いだった。
「も、もちろん! 玲奈ちゃんはあたしの大事なお友達だよ」
百瀬はこれ以上なく柔らかで包容力のある笑みを浮かべたつもりだったが、それでもどこか殺伐とした空気が二人の間に広がり始めた。
「今日、来れるよね?」
百瀬を見下ろす須藤玲奈は、静かな口調で念を押す。「また親友に裏切られたら、うちへこんじゃうわ」
その言葉はどこか、百瀬を試すような口ぶりだった。彼女は思わず息を飲み、「ちょっと遅くなるかもだけど、それでも良け――」
「大丈夫。待ってるから」
「……う、うん」
「速攻でよろしく!」と大森が声を張り上げると、要件が済んだとばかりに須藤玲奈は長い髪を振りながら扉の方へ向かった。それに続いて、取り巻きの二人が百瀬から遠ざかる。
「あ、あのさ!」
気付けばその瞬間、持月は声を上げて彼女たちを呼び止めていた。
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