第八章
第15話
持月の高校当時、世間ではSNSの投稿動画が大流行していた。
アルバイト先の食材を玩具にしたり、マンションの貯水タンクに裸で飛び込んだりと洒落にならない奴らがテレビニュースを賑わすこともあったが、校内では至って平凡な視覚トリックやアイドルの真似事など、ささやかなお遊びが主流だった。
放課後には大抵の者がカラオケやショッピングに赴き、ジャンクフードを主食としながら流行りのスイーツやドリンクに列をなす。それらを撮影して綺麗に加工した写真や動画をSNSに投稿しつつ、彼らはうら若き肉体と細胞を大いに持て余していた。
三年生に進級すると周囲の空気に流されて嫌々ながらちょっぴり受験勉強に着手し始めるものの、春の時分にはまだ危機感も乏しく、二年間の緩みきった習慣からすっかり抜け出せずにいた。
百瀬のSNS動画は、校内でもひときわ話題だった。仮面の少女が見せる淫らな行為という刺激的な内容が一般の投稿サイトに現れたことで人目を引くのは当然のことだったが、何より本物の制服姿であることが反響を呼んだ。制服自体は何の変哲もない紺のブレザーだったが、胸元の校章からすぐに高校名が判明し、インターネット上では即時炎上、校内でもお色気少女の正体は一体誰なのかと噂されたからである。
彼女はある種において、歴史的異端の魔女のごとく働きで大半の男子生徒を卑猥な道へと導いたが、一方で女性陣には批判的な意見も多かった。
「校内でも話題になってるけど、これって見つかったら退学?」
「バレないよ。君が言わなければね」
今日も撮影を終えた百瀬は窓辺に立ち、煙草を燻らせながら満足気な表情を浮かべている。ワイシャツの上部がはだけ、窓から吹き込む風に豊満な胸元が今にも覗けそうだった。淫らに着崩した
「あんなヘマはもうしないもん。今は君もいるしね」と彼女は答えると、「ねぇ、今度一緒にやってみる? 男の子が一緒に出たら本物のポルノっぽくなるかな?」と微笑んでいる。「でも、話題性としてはアリか」
「勘弁してよ」
「冗談だって」と可笑しそうに笑った彼女は、ペットボトルの飲料水を口に含んだ後、片手に持ったそれを彼の方に差し出した。「飲む?」
「えっと……」
彼女が指で軽く拭き取ったペットボトルの飲み口には、薄らと赤い塗料が残っていた。持月はそれと同じ色をした口元につい視線を遣ってしまう。そんな彼の恥じらう姿を百瀬は全て見透かしたように眺めながら、「ねぇ。君もさ、私の動画観てるの?」と問いかけた。
「み、見てないよ、そんなの!」
彼は頬を赤らめて声を上げたが、それを聞いた百瀬は「なぁんだ」と残念そうな表情を浮かべると、ペットボトルの蓋を閉めた。
百瀬の動画が知名度を増すにつれ、その人気を快く思わない女生徒の中ではある噂が流れ始めていた。それは須藤玲奈一派に属する松村愛美という子が動画の張本人だという話で、どうやらその発生源は彼女らの内部から流れ出たものらしかった。
「ほら、玲奈ちゃんとよく一緒にいる小宮さんなんだけど、別のクラスに彼氏がいたの。知ってる? 三組の高木くん」
「あぁ、そうなの?」
部室の長机に持月と並んで腰かけた百瀬は、独自に仕入れてきた学内の情報を彼に話すのが日課となっていた。今回の情報は例の噂話で、正体が松村愛美だというデマを流したのは小宮という同じクラスの女生徒であるらしかった。
「高木くんが浮気をしてね、相手がなんとあの愛美だったの。だから今は愛実が高木くんの彼女なんだけど、そのせいで小宮さんと愛美はクラス内で密かに険悪な雰囲気になってるから、噂を流した理由もきっとそのせいかもね。愛美は他の男子にも色々と唾つけてるって聞くし、今度は高木くんが浮気されてる番かも。ざまあみろって感じだけど」
「……そうなんだ」
同級生に彼氏を取られるというのは、一体どのような心地がするものかと彼は想像していた。さぞ裏切られた思いであろう。だからと言って、根も葉もない噂を流して仕返しをするあたり、女の争いの真の熾烈さというものを持月はちょっぴり垣間見た気がしていた。
「でも小宮さんと松村さんは、クラスでもよく一緒にいるよね?」
持月がそう尋ねると、百瀬はため息を漏らしながら肩を竦め、「二人とも須藤玲奈のグループだからね」と答えた。「でも、そろそろ愛美の立場が危ういかも。最近はよく玲奈ちゃんのパシリにされてるし」
「あ、だから百瀬はいつも惚けたふりして松村さんについて行ってるのか」と持月が手を叩いて言うと、彼女は鋭く彼を睨みつけ、「君ってやっぱり、覗きが趣味なの?」と目を細めて言った。「この変態」
「そ、そっちの会話がうるさいから、読書の邪魔で見ちゃうだけだろ!」
「どうだか。ほんとは玲奈ちゃんが目当てなんじゃないの?」
「違うよ! どちらかと言えば、僕は――」とそこまで言いかけて、持月は少しばかり言葉に詰まった。「いや、何でもない」
「何よ、やっぱり誰かのこと見てるんじゃない。ねぇ、誰が好みなの? 今度紹介してあげよっか?」
「いや、本当に違うから……」
持月が目を逸らしてそう言うと、「あっそ」と答えた彼女は無造作に煙草の箱を取り出して席を立ち、窓の方へ向かった。
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