ゾンビ禍



 呼ばれ方については諦めたらしく、エンズはふたつめの問いを口にした。


「眼鏡女はつい先頃さきごろのゾンビハザードは把握しておるか?」

「ナントカ男爵領の農村がほぼ壊滅したとかゆーアレですか」

「フン。知っているなら話が早い。眼鏡女ならわかっておろう? アレが自然発生したものではない、と」


 そう。

 あの農村にいた動屍体ゾンビは村の住人の総数のほぼ二倍はいた。

 つまり住人と同数程度の動屍体が村を襲ったということになる。

 普通じゃありえない。


 ローザはうんうんと頷きながら、


「数もおかしーんですけどね、もっと奇妙なことがありましたよね」

「奇妙なことってなんですか?」

「動屍体は魔物の分類としてはアンデッドなのですよ。人を襲うことはあっても人をゾンビ化するよーな能力ちからは通常持ち合わせていません。動屍体は感染魔術ではなく死霊魔術の産物ですからね」

「なるほどの」


 知らない単語を連発されてハテナ顔の僕のとなりでエンズはしたり顔。


「……すみません。ちょっとよくわからないんですけど」

「アルベルトくんは吸血鬼ヴァンパイアとゆー存在を知ってますか?」


 僕がおずおずと質問すると、ローザは別な質問をしてきた。

 吸血鬼? なんで吸血鬼の話題なのかよくわからないけど、


「えっと、人の血を吸う……」

「そーです正解です。吸血鬼は種族特性として感染魔術が使えるんですよ。感染魔術は魔力を使って自身の特性や性質を対象に与えるものだと思っていただければだいたい合ってます。吸血鬼は血を吸う際に感染魔術の呪いをかけて眷属を増やすんです。ここまではいーですか?」

「はい、なんとか」


 たぶんわかった。と思う。たぶんね。


「動屍体はさっき言った通り死霊魔術的な効果・影響によって動くのが普通です。そーやって動くタイプの一般的な動屍体は感染魔術の呪いを使うことはありません」

「――あの時の動屍体は普通の動屍体じゃなかったってことですか?」

「またまた正解です。そして重要なのは、あの数の感染力を持った動屍体は決して自然発生しないとゆーことです。人間――かどーかはわかりませんが――何者かが手を加えて創造つくったものでしょーね」

「できるんですか、そんなことが」

「死霊魔術と感染魔術を高レベルで修めた者なら可能です。属性的には混沌方面の魔術体系ですからね不可能ではないでしょう。とはゆーもののそんな魔法使い、王国どころか世界を見渡してもそんなに多くはいないんじゃないでしょーか」

「眼鏡女、講釈を垂れるのはもうよい。それで? この無駄に手間暇のかかったゾンビ禍を仕組んだ阿呆がどこの馬の骨か調べはつくかの?」


 まだまだ続きそうなローザの話をエンズが遮った。


「エンズちゃん、怒ってますね?」

「眼鏡女よ。我の怒りは我が主の怒りと知れ」


 ローザが僕を見たけど、僕は何も言わなかった。

 その無言をどう受け取ったのか、ローザは小さく頭を下げた。


「覚えておきます、エンズちゃん」

「フン。それで?」

「ゾンビ禍の実行犯を見つけられるかどーかは正直わかりません。ゾンビそのものはすべて《死者浄化ターンアンデッド》されているんですよね? 手がかりがない」

「うむ。一匹残らず我が主が浄化した」

「…………はい?」

「一匹残らず我が主が浄化した」

「アルベルトくんが、ですか?」

「あっ、はい。そうです」

「え、今さっき召喚円をさくっと書いてませんでしたっけ?」

「書いてましたけど」

「どうして召喚魔法と神聖魔法を両方使えるんですか!?」


 〈王の器〉があるから、とは言えない。


「べつに二属性使いデュアルキャスターくらい今世のちまたにもおるじゃろ」

「エンズちゃん、二属性使いは属性魔法を複数使える者のことです」

「知っとる知っとる」

「アルベルトくんは体系の異なる魔法を複数使ってるので全くの別物ですから! 召喚と神聖は感染と死霊みたいな近縁の体系じゃーないでしょ!」

「知っとる知っとる」

「もしかしてアルベルトくん、私より魔法使えるんじゃーないですかひょっとして。え、私が宮廷魔術師である意味って……」

「二度も言わすな、眼鏡女よ。我が主は高度な魔法を多数習得しておるが知識が全く足りとらんのじゃ。単に魔法を使える者が宮廷魔術師なのではなかろう。蓄えた知識と知恵で王家を支える者が宮廷魔術師なのじゃろうが。馬鹿め」


 自分の存在意義を疑いかけたローザを、エンズが諭す。口は悪いけど優しい。でも、優しいとか言ったら怒られそうなので黙っておいた。


「エンズちゃん……!」

「寄るな。触るな。手を伸ばすでない」

「いけずですね」

「たわけが。ゾンビの方から犯人を追うのは無理ならそれはそれでよい」

「よろしいのですか?」


 今まで黙っていたシャルロットが問うと、エンズは僕の書いた召喚円を指差した。


「大方、召喚円を森に設置した輩もゾンビ禍と無関係ではあるまい」

「そうなの?」


 僕の問いにエンズは呆れ顔。


「いずれも魔法に長けた者の所業じゃ。迂遠うえんかついやらしい手口を使い王国に害を成す輩が複数同時に現れるとは考えにくい。根は同じじゃろ」

「な、なるほど」

「我が主よ。首の上に乗っかっとる飾りアタマじゃがな、少しは使わんと馬鹿がもっと馬鹿になるぞ? 利口になれとまでは言わんがの」

「ひどくない!?」


 僕の抗議は黙殺。


「ともあれ、召喚円から辿ってゆけばよい。眼鏡女、できるな?」

「当然です」


 ローザは自信満々に胸を張って頷いた。だぼだぼのローブでわからなかったけどデカい。何がとはいわないけどデカい。


「召喚円には書き手の癖が出ますからね。アルベルトくん、これは完全な《複製》ですよね?」

「そうです」


 そもそも〈王の器〉がなければ僕は召喚魔法を使えない。コピーも同じだ。


「であればこの召喚円は実行犯のものと考えていいでしょう。ごく単純な、狼を召喚する召喚円ですが、術者の癖が出ちゃってますね。ほらここの範囲指定の呪言の書き方は現代の方式ではないです。こういう書き方をするのは数世代は上の術者ですね。これは指定した範囲を変更する際に陣を大きく加筆しなくちゃいけなくなるので余計に魔力を食うんです」

「ほう。意外とやるもんじゃな、眼鏡女よ。少々見直した」


 エンズはわかったらしい。

 僕もなんとなくはわかる。


「アルベルトくん、わかります?」

「たぶん」


 僕がわかる、っていうよりは僕の中の「全知の賢人オムニセンス」が理解してくれているんだと思う。


「ローザさん、術師の特定にはどれくらいかかりますか?」

「王国内の術師を当たってみよーと思ってます。それだけ済むならいーんですが、国外まで範囲を広げるとなるとどーなることやら当もつきませんね。大陸は広いですし、私も全ての魔法使いを把握しているわけではありませんから」


 それに、


「こんな身近に高位の魔法使いがいたことも見落としていましたからね。アルベルトくんは全くのノーマークでした。……こんな召喚円の書き手なんかよりずっと興味があります」


 ぞっとする笑み。バレるつもりはないけど〈王の器〉のことがバレたら酷いことになるに違いない。


「ええと、じゃあ、調べはいつくらいまでに?」

「早くて一ヶ月くらいでしょーかね……」

「ひと月ですか」


 それが早いのか遅いのか、僕にはいまいち判断できない。


「数も数ですし」

「そこをなんとか」


 僕の懇願にローザはタチの悪い笑みを浮かべた。

 チロリ、と蛇のような舌が覗く。


「エンズちゃんを一日好きにさせてもらえるなら頑張りますよ」

「エンズ、いい?」

「嫌に決まっておろうが!」


 あ、やっぱり駄目か。


「アルベルトくんでもいいですよ?」

「遠慮しときます」


 傍で見ているシャルロットがくすくすと笑っている。


「おししょうさまがこんなにきょうみをもつなんてめずらしいですね」

「それだけ魅力的ということですよ。一日フリー権を認めていただけないんのでしたら」

「そんなものなくとも働かんか。貴様、宮廷魔術師じゃろうが」

「それを言われるととてもつらいですね。私はなるべく働きたくないんですよ」


 雇用主ぼくの前でなんてことを言うんだ。面の皮厚すぎでは。


「条件次第では頑張ろーとは思いますけどねぇ」

「条件?」

「臣下が主に条件をつけるでないわ」


 エンズの苦言はさておき、


「ちょっとでも早く調べてもらえるなら……。どんな条件ですか?」


 僕は妥協する。

 ローザはにんまりして、エンズは口をひんまげていた。


「ちょっと気になる事例がありまして、それを私の代わりに調べていただけませんか? 交換条件ということで」


 お互い調べものをしよう、ということか。


「僕で調べられるんですか?」

「私よりは適任かと」


 気になる事例というのがどんなものかはまだ分からない。

 僕がちらりと隣に視線を向けるとエンズは「もう知らん。好きにせよ」とでも言いたげに肩を竦められた。シャルロットは余程ローザのことを信用しているのか笑顔で頷いている。


 背に腹は代えられないか。

 

「じゃあ、それでお願いします」

「ありがとーございますー。あ、そーいえば」


 まだなにかあるのかと思ったらローザはへらっと笑った。


「アルベルト陛下も引き続き私を宮廷魔術師として雇ってもらえるんです?」

「ええっとぉ……」

「貴様の働き次第に決まっとるじゃろうが!」


 僕が答えるより早くエンズが吠え、シャルロットはくすくすと笑っていた。

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