衆生を救う者



 ――農村が動屍体ゾンビの襲撃を受けている。


 使い魔による文書と王国全土に張り巡らせた狼煙のろし台を通じて、事件発生当日、王宮にいた僕へ届けられた内容がコレだった。


 場所は王都から徒歩で数日も離れた、田舎の小さな農村。

 村の兵力は皆無に等しい。


 襲撃してきた動屍体ゾンビの規模は「大」としか知らされておらず、住民の生存確率は「極小」で、原因は「不明」とのこと。厄介なことに動屍体は“感染”の呪いを持っているらしい。


 今から救出部隊を編成して派遣する段取りだそうだけど、被害はかなり拡大してしまいそうな気配だ。しかも、


「エミリアが滞在中って……」


 幸か不幸かエミリアが祭祀のためにその農村を訪れているらしかった。彼女ならきっとうまく時間を稼いでくれるはずだ。動屍体に簡単にやられてしまうような、そんなヤワな鍛え方はしていないだろう。


「その祭祀関係で村長どころか領主――男爵まで滞在中か」


 ボリバル男爵家の領主とは面識はなかったけれど、一抹の不安が脳裏を過ぎった。虫の知らせといってもいいかもしれない。胸中に生まれた小さな影はどんどん大きくなっていく。


 僕は玉座から立ち上がる。


「陛下? どちらへ?」

「執務室」


 じいやの問いに短く答え、僕は言葉通りに執務室に向かった。

 部屋に入るや後ろ手に施錠。


 呑気にしている時間は無い。そんな気がしたのだ。何もなければそれでいいけど、何かあってからでは遅い。

 

 俺は窓を開け放つと、外へと身を躍らせた。


 飛び降りながら技能目録スキルインベントリを開いて「クラス:全知の賢人オムニセンス」を有効化アクティベート


飛翔フライング》の魔法を使用する。

 落下軌道からぐっと急上昇。王都を見下ろせる高度で水平移動に移行し、問題の農村の方角に針路を向ける。


 更に。


加速アクセル

《加速》

《加速》

《加速》……!

 


 可能な限りの全速力で空を飛んだ――






 そして僕は、ギリギリ間一髪紙一重のところで動屍体の剣檄を受け止めることに成功した。ほんの数瞬でも遅かったら、と冷や汗が頬を伝った。


「ギリギリセーフだったね」

「アル!?」


 エミリアが昔の呼び方で僕の名を呼んだ。よかった。無事だ。怪我もなさそう。


「すっ飛ばしてきて正解だったよ」

「どうして……」

「報告を受けたからね。間に合ってよかったよ」


 危うくエミリアが殺されるところだった。


「はっ!」


 僕が気合いとともに受けた剣を弾き返すと、二刀流の動屍体は数歩たたらを踏んで構えを取り直した。動屍体が剣を使うこともあるんだな、と変な感心をしてしまう。


「この身なりのいいゾンビのおじさんは?」

「ボリバル男爵よ。彼がひとりで戦って……ううん、彼をひとりで戦わせてしまったから殺されて、ゾンビ化してしまったわ」


 自分の判断ミスを悔いるエミリアの頭を撫でようとして微妙に手が届かず、結局僕は頬に触れた。はっとする彼女に小声で告げる。


「エミリアは悪くないよ」


 さっき上空から村を見下ろした時も今も全然「間に合って」ないな、と思った。エミリアの命に関してだけは間に合ったけれど。


 不甲斐ない王で本当に申し訳ない。僕は胸中で一言詫びた。エミリアに。村の人たちに。眼前のボリバル男爵に。


「エンズ、人型になってくれるかな」

『ふむ?』


 僕が両手で構えている聖魔の神剣エンズに話しかけると、刀身が微かに動いた。首でも傾げてるんだろうか。


「ちょっとの間、戦闘を任せたい?」

『ま、いいじゃろ。承った』


 白い輝きを放つ黒剣があっという間に少女の姿に変わった。

 エンズはボロボロになったエミリアの姿を見るなり、


「いいザマじゃなぁ、デカ女よ」


 嘲笑した。

 こんな時でも煽りは忘れないらしい。


「このっ――」

「喚く元気があるなら我が主と共に戦うんじゃな」


 顔を赤くして立ち上がるエミリア。


「それでよい」


 エンズは大人びた態度で頷き、両手それぞれに剣を持った動屍体ボリバル男爵に向き合った。

 両手を緩く構えて臨戦態勢を取る。


 素手――ではない。


 黒と白のオーラを放つエンズの手刀は彼女の刀身と同じ切れ味をもっている。

 両手から繰り出される動屍体の連撃を余裕綽々しゃくしゃくで捌き切った。


「フン。右の剣はまあまあじゃが、左はお粗末よな」


 辛口の採点をしたエンズの姿がブレる、残像を残して消えた。

 敵の姿エンズを見失って周囲を見回す動屍体。


「こちらじゃ」


 その背後にエンズは立っていた。「クラス:剣匠ソードマスター」を有効化していた僕の目でさえ追い切れないほどの神速。“深き森”の魔狼さえ凌駕するはやさだった。


 動屍体が声に反応して振り返った瞬間、その両腕の肩口から先が斬り落とされていた。切断された腕は地面に落ちるよりも前に小間切れにされていた。


 背後に回った時に切断していた――んだと思う。たぶん。

 駄目押しに首を刎ねて、エンズはつまらなそうに吐き捨てる。


「これだけかの。……いや、追加が来たようじゃな」


 教会目指して大量の動屍体がぞくぞくと集まってくる。

 滅茶苦茶数が多い。村の人口よりもずっと多いんじゃないか? どうなってるんだ一体。


 けど、検証は後回し。事態の収拾が先決だ。


「エンズ、もうちょっと時間稼ぎ頼んでいい?」

「承知した、我が主よ」


 僕は「クラス:大神官アークビショップ」を有効化。


 魔法陣を展開する。

 僕を中心にして聖なる白光を伴った円陣が広がっていく。

 

「えっ!? アル、それは――」


 驚いたエミリアが何か言っているのを今は無視する。


 僕は汎用スキル《範囲超拡大エクストリームレンジ》を使用。

 魔法陣がぐぐっと拡張。

 もう一回重ね掛け。

 更にもう一回。


 効果範囲を極大化させた魔法陣は、農村とその周囲をすっぽりとその内側に収めているはずだった。これで準備は完了。


 僕は神聖魔法を発動させた。


「《死者浄化ターンアンデッド》!!」


 展開した魔法陣から真上方向に浄化の白い光が立ち上る。

 空を覆った分厚い雨雲さえも吹き散らし、エンズが相手取っていた動屍体をはじめ全てのゾンビを本来あるべき物言わぬ死者へと還す。村全体の浄化に成功した手応えがあった。


「ふむ。なかなかの手際じゃったな」


 エンズが褒めてくれるのが少し照れくさい。

 エミリアを見ると、口を開けて呆然としている。こんな顔をした彼女はちょっと記憶に無かった。びっくりする気持ちはわかるけど。


「これでひとまず一件落着、かな?」

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