第四話 王の農地開拓

宰相ザイード



「――我が主よ、貴様周囲にまともな臣下もおらんのか?」


 豊かな黒髪をばさりとかきあげた少女姿のエンズは、眉根を寄せ口をひん曲げそんなことを言った。あまりにも酷い表情をしていても元の顔が良いので威厳(?)らしきものが感じられた。美人ってすごいなあ、と感心してしまう。


「こやつなど、貴様のことを見くびっておるぞ?」


 エンズにこやつ呼ばわりされているのは我がリーデルシュタイン王国の宰相ザイード。

 先代国王つまり父上の政務を長らく補佐していた実力者だ。


 僕の執務室には今現在、俺とエンズ、じいや、そしてザイードが居るだけなので、エンズの暴言もギリギリで許容される――わけはなかった。


「陛下! この無礼な娘はどこの馬の骨ですか!? あろうことか私が陛下のことを見くびっているなどと戯言たわごとを!」


 顔を真っ赤にしてザイードが大声で叫んだ。

 もっと落ち着いた人だとばかり思ってたんだけど。エンズの見た目はまるっきり幼女のそれなので、いきなり罵倒されたらこういうリアクションになるのも仕方ないかなとは思う。


「ハッ、図星を突かれたようだな。顔が赤いぞ? ん?」


 エンズはなおも煽る。やめなさい。やめてください。

 ぐぬぬ、と唸るザイードの姿に満足したのか、エンズは薄い胸を張った。


「馬の骨とは言ってくれるものよなぁ? 我は魔剣エンズ。我が主と、主の国を守護するものじゃ。おい若造、貴様に会うのは三十年ぶりほどじゃったか?」


 こやつの次は若造扱い。傍若無人とはまさにエンズのためにある言葉だ。


「……三十年?」

「先王の側でびくびくしていた小童こわっぱが宰相とは、随分と出世したらようじゃな? うん?」


 そして小童。もう好きにしてください。

 諦めを覚えた僕とは異なり、ここにきてザイードの顔色が変わった。


「っ! まさか……!」

「ようやく思い出したか。あの頃と同じ姿をしておるというのに、薄情なやつよな。それとも歳を取り過ぎて記憶力が落ちたか?」

「陛下が……先代国王陛下が封印した知性を持つ武具インテリジェンスウェポンかっ……!?」

「左様。王も代替わりした。我が主は今やこの新王アルベルトじゃ」


 戦慄&驚愕。ザイードが真っ青になってガクガク震え出した。どうやら当時の記憶が甦ったようである。ロクな思い出ではなさそうだけど、三十年前になにやらかしたのこの魔剣。あ、今は神剣か。


「エンズ、キミって父上に封印されてたの?」

「馬鹿を言うでない、我が主よ。秘密兵器として大事に仕舞い込まれておっただけじゃ。我を封印など、誰にできようはずもなかろうが」


 どうやら父上の手にも余ったみたい。

 エンズ、恐ろしい神剣


「ザイードだったな? そう怯えるでないわ。我もすっかり落ち着いたのじゃ。以前のように暴れたりはせんぞ」

「ほんとに?」

「我を信じよ」


 剣の神の神殿エミリアのところでおこなった剣の儀式を経てエンズは聖なる力を得て聖魔の神剣になったわけだけど、それで丸くなったとでも思えばいいのだろうか。

 狼狽しまくってるザイードを見ると、なかなか信じ難いものがあるなあ。


「ま、我のことはさておくとして」


 さておいたよこの魔剣!


「お偉い宰相殿にお願いなのじゃがな――、我が主を見くびるのはやめてもらおうか?」

「……」


 ザイードは無言。


「不満があるなら申すがよい。今なら我が主も聞き入れよう。なあ?」

「あ、うん」


 もう誰が王様か分かんないなコレ。

 それくらいエンズの態度は堂に入っていた。


「恐れながら陛下におかれましては即位以前を含め実績らしき実績が御座いません」


 ザイードの言う通りだった。

 無能ポンコツ第三王子はこれまで日々をひっそりとただ生きているだけだった。


「ですから、城内には陛下の資質を問う声も少なくないのです。ご理解頂きたく存じます」


 ごもっとも。

 誰に言われるまでもなく、僕の資質は僕が一番疑っているわけで。


「フン、貴様こそが我が主の器量を疑っておるのであろうが」

「そこまでは申しませんが」


 言ってるのと同義だなあ。

 僕は苦笑する。


 まあ、無能ポンコツ第三王子を疑問視しない方がどうかしているわけで、ザイードの見解は全く正しい。なんなら最愛の妹シャルロットの過大評価の方がよっぽど怪しい。


「要は能力を示せ、ということじゃな? ではこうしよう。我が主がひとつ国政の課題を解決してみせようではないか」


 エンズが突然大風呂敷を広げはじめた。


「え、ちょっと? エンズ?」


 止めるいとまもあればこそ、というやつだ。


「申してみよ。王が解決してみせようぞ」

「そういうことでしたら――、開拓が滞ってしまっている王都近郊の農地開拓を進捗させる、というのはいかがでしょうか」


 ザイード、エンズに対する口調が丁寧になってるな。本人気付いてないかもしれないけど。敬意か恐れか。その両方かも。


「フン、そんな些末事でいいのじゃな?」

「現時点ではこれくらいが妥当かと」

「小手調べというわけか。小癪な若造よなぁ」


 僕が口出しする間もなくどんどん話が進んでいく。


「よかろう。請け負った。後で吠え面かくなよ若造」

「陛下のお手並みとくと拝見いたしましょう」

「目にもの見せてくれるわ」


 そういうことになった。

 えっと、僕は何も言ってないんですが……。

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