第一話 僕が王になるまで
ふたりの兄
王宮の中庭にある修練場。
カンカンカン、とリズムよく木剣のぶつかり合う乾いた音が響き渡る。
息を乱して汗を流しながらも、僕はある考え事をしていた。
――次に王位に就くのはどの王子なのか?
現王である父上が存命にもかかわらず、この話題を耳にすることが増えた。父上自身、玉座よりも寝台で過ごすことの方が多くなって久しいせいもあるのだろう。建国王以来の名君とまで讃えられた父も、寄る年波には勝てないようだった。
「はっ!」
「……」
僕の斬りつけはカン、と軽い音とともに呆気なく弾き返されてしまう。
第一王子のオーウェン。
第二王子のクリストファー。
ふたりの兄のどちらかが王位を継ぐことになるだろうと、僕は思っている。そして城の誰もがどちらの兄を担ぐかを慎重に吟味している。このリーデルシュタイン王国で立身出世を果たすつもりなら間違えるわけにはいかないだろうから。
勿論、曲がりなりにとはいえ第三王子である僕にも王位継承権はある。あるにはあるが誰も僕なんかを担ごうとは考えていない。理由は至極単純明快。
――僕は無能だから。
剣の腕はイマイチ。魔法の才があるわけでなし。芸術に造詣が深くもなければ、交渉事に長けているわけでもない。
オマケに付け加えるなら、僕は妾腹の子なのだ。望まれて生まれたわけでもないだろう。無能ゆえに王位継承の火種にならずに済んでいてよかったと思うのは、我ながらいささか卑屈過ぎるかもしれないけれど。
「剣筋が乱れているぞ」
今この瞬間、繰り出した一撃すらも駄目出しされてしまう程度の腕前。
「余計なことを考えているからだ!」
鋭い叱責を飛ばすのは下の兄、第二王子のクリストファーだった。
下の兄は剣術に秀でていて、王国騎士団も務まるほどの腕前だと言われている。そんな兄の手ほどきを何年も受けているにも関わらず、僕の剣の腕前はずっと凡人の域にとどまり続けている。
ガツン、と強く重い一撃。辛うじて剣で受けることはできたが、あまりの迫力に僕は一瞬目を瞑ってしまう。
「目を逸らすな! 実戦なら死んでしまってもおかしくないぞ!!」
「そうは言われましても……うわわっ!?」
練習用の木剣でも当たれば痛いし怖いものは怖い。反射的に目を瞑ってしまうのも仕方ない、とか考える時点で僕に剣は向いてないのだろう。
クリストファー兄の素早い連撃に防戦一方になる。
このままではジリ貧だ。一か八か。追い込まれ焦って放った僕の大振りは、クリストファー兄に悠々と避けられた。挙句に上体の流れた腹にお返しの一撃を頂戴した。
「かはっ……!」
めり込む木剣の固い感触。呼吸が止まる。軽く振っただけにしか見えなかったのに、僕は強烈な痛みに膝をついた。両手で地面に手をついた。息を吸い込もうとして激しく咳き込む。立ち上がれない。
「不利な状況でも焦りは禁物だ。馬鹿者め」
四つん這いになった僕の頭をクリストファー兄が木剣でコンコンと小突いてくる。顔だけを動かして見上げると、薄笑いを浮かべていた。弱者をいたぶる愉悦に満ちた強者の笑み。
「ご指導……ありがとう……ございます、兄上」
木剣を支えにしてどうにかヨロヨロと立ち上がることができた。
「アルベルトよ、貴様が非才なりに努力していることは知っているが、このままではさっぱり私の練習台にならん。精々励むことだ」
意味はないだろうが、とでも言いたげなクリストファー兄の嘲笑に、僕は深く長く一礼した。悔しさの滲む顔を兄に見せたくないと思ったから。
「やあ、アル。剣の稽古は終わったかい?」
そんな僕に柔らかな声が掛けられる。
声は修練場の真上から降ってきていた。
僕はごしごしと顔をこすって、どうにかフラットな表情を作ってから、そちらを見上げる。窓から顔を出していたのは上の兄のオーウェンだった。一難去ってまた一難だなぁ……。
「お疲れ様。体を動かした後は魔力も動かしてみようか!」
「は、はあ」
「魔法の勉強に付き合ってくれるよね?」
にこにこと柔和に微笑んでいるが、オーウェン兄も癖のある人なのだ。
「……は、はい」
「ありがとう! そう言ってくれると思ったよ、アル。じゃあ、実験場の方によろしく!」
実験場。オーウェン兄が父上にねだって作ってもらった魔法の実験場である。
魔法の勉強と言ってはいるものの、僕が勉強するわけじゃない。僕の役割はそこで兄の魔法の実験台になることだ。
炎の魔法が僕の足元に着弾する。引き起こされた爆風に身体を吹き飛ばされる。厳重に結界が張られた実験場の壁に背中から激突した。
「ぐはっ!」
「わぁ、よく飛んだねえ。アル、大丈夫かい?」
「……はあ、まあ。なんとか……げほっ」
唯一使える初歩の回復魔法である《
「よーし、じゃあもう一回同じのいくね!」
いくね、じゃないですよ兄上……。
オーウェン兄は魔法適正が高い。加えてかなりの魔法
「……了解です」
何の才能も無い妾腹の第三王子としてできることは少ない。王家の恥部――といってはオーウェン兄に失礼だが――を衆目に晒さないで済む。その一点だけでも王家に貢献できるなら、僕が居る意味もあろうというものだ。
だからと言って魔法をバカスカぶつけられるのが楽しいわけではない。全く、全然、これっぽっちも楽しくはない。当たり前だ。オーウェン兄は手加減というものを知らない。
数発の魔法を喰らったのち、僕は見事に意識を失って、自室へと搬送された。
ふたりの兄の練習台や的になる。
これが僕の過ごす日常なのだ。
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