「〈王の器〉を継承しますか? 〉Y/N 」 〜1000年かけて蓄積されたぶっ壊れ性能のスキルを駆使して新米国王としてがんばります〜
江田・K
『〈王の器〉を継承しますか?』
詠まなくてもたぶん大丈夫なプロローグ
先代の国王の喪も明けきらず、本来であれば王宮は静けさに満ちているはずだった。
しかし今は蜂の巣をつついたような大騒ぎだった。
「陛下! どちらにおわしますか!?」
騒ぎの中心で声をあげているのは白髪の老いた男。
兵として、騎士として、守り役として人生の殆どを王国に捧げてきた。
彼はその忠誠を捧げるべき王の姿を探し回っている。
「誰か、誰か陛下をお見かけしなかったかな?」
「それが私たちも探しているのですが……」
侍女や小間使いにも見かけた者はいないようだった。
そんな中、ひとりの小間使いの少女が手を挙げた。
「あのー……」
「心当たりがあるのですかな?」
「もしかして、なんですけど、以前のようになさっておられるのではないでしょうか」
「……」
「……」
「まさかそんな」
「いやありうる」
「……ですねー」
顔を見合わせ、全員がほぼ同時に深い溜息を吐いた。
「そろそろお立場をご理解いただきたいものですな……」
先日新たな王が即位した千年王国リーデルシュタイン。
その王都ミレニアルの城下町の大通りは、今日も大いに賑わっている。
王が変わっても、人の暮らしは変わらない。
通りを歩く人たちは皆それぞれ忙しそうだ。
暇そうにぶらぶら歩いているのは僕くらいのものだと思う。
路面店と露店や屋台がずらりと並んだ通りの雑踏をすり抜けるようにして進む。小腹が空いているので歩きながらでも食べられるものを買おうかと思った矢先、女の子が三人のチンピラに絡まれている現場に出くわしてしまった。
「や、やめてくださいっ」
「そんなつれない態度取るなよ嬢ちゃん」
「そもそもそっちが悪りぃんだろォ?」
嫌がる女の子を囲んで逃げられないようにして笑っている。
チンピラたちは絵に描いたようなガラの悪さで、思わず王都の治安を心配してしまうレベルだ。道行く人々は我関せずと見て見ぬふり。厄介事に首を突っ込むようなもの好きはこの場にいなかった。
僕以外は。
僕は意を決して、そろそろと近付き「あのー」と声をかけた。
「……なんだお前」
すごんでくるチンピラはなるべく見ない。怖いので。
僕は女の子に引きつった笑顔を向けて尋ねた。
「あの、お嬢さん。僕の勘違いだったら申し訳ないんですけど、助けが必要ですか?」
若干挙動不審な僕の言動に、女の子は顔いっぱいで驚いてから、
「はいっ」
勢いよく頷いてくれた。
なので僕は彼女の腕を掴んで引き寄せた。
ダンスを踊るようにターンして背後に庇う。
上手くいった。心臓の音がうるさい。
「おうコラにいちゃん。関係ねえやつが邪魔するんじゃねえや」
「……関係なら、ありますよ」
「あぁ?」
「ひとん
「はァ?」
僕の言葉にチンピラは首を傾げた。
細かく説明するつもりはないし、隙を見せている今がチャンスだ。
僕は「クラス:
スキル《
刹那。
スコン、と僕の放った掌底が無防備なチンピラの顎を打ち抜いた。
「あ……?」
「お、おい! どうした?」
膝から崩れ落ちるチンピラ。
仲間たちが慌てている。
僕の
「テメエ!何しやがった!」
「ぶっ殺すぞ!?」
ドスの効いた恫喝に僕は冷や汗。心臓もドキドキしっぱなしだ。
まだ慣れないな、こういうの。
けれど、そんな精神状態とは別に身体は機敏に動いた。
《寸打》×2
スココン!
とチンピラふたりの顎を打ち抜いた。
さっきと同じように膝から崩れ落ちるのを見届けもせず、
「とりあえずここを離れましょうか!」
僕は助けた女の子を連れてその場を離れたのだった。
人混みに紛れて数区画を移動。
僕たちは露店と屋台の影に隠れて一息ついた。
「助けて頂いてありがとうございます」
「け、怪我はありませんか?」
僕はそこの屋台で買った果汁生絞りの飲み物をおずおずと差し出した。女の子は「そんな、悪いですよ」「いえいえどうぞ」「あ、お金払います」「だ、大丈夫です。ぼ、僕が勝手に買ったので」「でも」「お願いします」「じゃ、じゃあいただきます。ご馳走様です」というやりとりの末受け取ってくれた。
飲み物を一口飲んで「あ、美味し」と呟いてから、
「怪我はありません。大丈夫です」
「あのガラの悪い人たちは知り合いですか?」
「……知り合いといえば知り合いです」
女の子は歯切れ悪く肯定した。
浮かない顔をしている。
なんだか事情がありそうだ。
「ぼ、僕で良かったら話を聞かせてください」
首を突っ込んだのは僕なのだ。
ここでハイサヨナラというのはよくないと思った。
「た、頼りにならなく見えるかもしれませんけど」
「そんなことないです。……実は」
女の子は重い口を開いた。
「私の家は武器屋をやっているんです。父が鍛冶職人で、丁度工業地区と商業地区の間のあたりにお店を構えています」
王都はおおまかに工業区、商業区、居住区、貴族居住区に分けられる。外縁部には開拓の進んでいる農業地区が広がっているがそれは別として。
王城を囲むようにして存在する貴族の居住区は明確な境界があるけど、それ以外の境目はかなり曖昧だ。この子の家のように鍛冶屋兼武器屋のような場合もある。
「父が病に臥せっていて、お店は開店休業状態なんです……。お薬代も馬鹿にならなくて、お金を借りたんですけど」
「あのガラの悪い人たちのところで借りたんですか?」
「はい。借金の利子がどんどん増えていってしまって」
おかしい。王都の金貸しでそんなひどい金利のところなんてあっただろうか。
気になったのでちょっと確認してみることにする。
「……えっと、借りた金額はいくらですか?」
「金貨1枚です」
結構大きな額を借りたんだな。
「今、いくら支払いしていますか?」
「銀貨で700枚……です」
「どれくらいの期間で?」
「三ヶ月です」
アウト。悪徳金融で確定。ほぼ二倍近くも返済してるのに完済しないとか、そんな無法は駄目だ。
「よくわかりました。僕がなんとかしてみせます」
「……なんとか、って?」
「まあ、任せてください……」
「は、はあ」
まったくの初対面である僕の微妙に引きつった笑顔付きの安請け合いに、女の子は物凄く不安そうにしていた。
僕は不安がる女の子を
あくどい商売の成果なのだろう、大層立派な店構えだった。景気のいい話だが、それも今日までだ。か、覚悟してもらうぞ、と気分だけは強気でいく。
「こ、こんちわー」
若干噛みながら入店してみると「あぁん?」と態度も人相も悪い男が客対応として現れた。さっきのガラの悪いチンピラといい、この受付のおじさんといい、もう少し人当たりのいい人材を雇えなかったのだろうか。
というか、よくこんなところで金を借りようと思う人がいるなあ……。
「いらっしゃい。おにいさん、金かい?」
僕の頭からつま先まで、男の無遠慮な視線が往復する。
露骨な値踏み。失礼な人だ。
「あの、田舎の貧乏男爵家の三男とかでも、貸してもらえたりしますか?」
「担保になるもんがありゃあな」
男は肩をいからせて近付き、下方向から睨みを効かせてきた。
僕は笑みを引きつらせながら尋ねる。
「田舎の土地は担保になりますか?」
「ド田舎の野っ原じゃあ担保にならねえよ。冷やかしなら帰えんな、おにいさん」
僕が僕の肩を軽く小突いた。
僕はほとんど自動的にその手首を掴んで、
「それがそういうわけにも、いかないんですよね」
「あ?」
「お金を借りに来たんじゃなくて、返してもらいにきたので……!」
「テメエ、何を言って……」
「利子を取り過ぎです。リーデルシュタイン王国では、そんな金利認められていませんよ」
「あいててて!? 離せコラァ! ぶっ殺すぞ!」
完全に極められた体勢で「殺す」とか言われても怖くないぞ。いや、ホントはちょっと怖いけど。
僕は彼の手首、肘、肩を曲げられない方向に捻じってやり、解放すると同時に尻を蹴っ飛ばした。派手な音と共にテーブルや椅子が倒れた。
騒ぎを聞きつけて、店の奥からこれまた人相の悪い男が姿を見せた。
今度は二人。
ひとりは身なりのいい中年。この人が元締めっぽい。
もうひとりは立派な体躯の男。こっちは用心棒かもしれない。腰に剣を差して接客する店員はいないだろうから。
「あなたがここのオーナーさんですか?」
「そうだ。……貴様の方こそ何者だ。どこの誰に雇われた?」
誰かが人を雇って殴り込みに来ると思う程度には悪いことをしているらしい。
「田舎の男爵家の三男坊です。名乗るほどのものじゃありません」
「貧乏貴族が要らぬ正義感を出したか。五体満足で帰れると思わないことだ。おい」
用心棒らしい男が一歩前に出た。デカいし分厚い体つき。かなり鍛えているのは一目でわかった。以前の僕なら確実に逃げ出してしまうレベル。
「俺は近衛騎士を務めたこともあるんだぜ」
用心棒の男が下品な笑みでそんなことを言う。
僕は思わずパタパタと手を横に振った。
「いえいえ、そんなばかな。あなたの顔に見覚えないですよ。というか、近衛騎士は技量も人格を重んじるんです。こんなところで金貸しの片棒担いでる奴が近衛になれるわけないじゃないですか」
早口で言ってから、少し言い過ぎたかな。そう思った。
思った時にはもう遅かった。
「てめえっ!」
「大方予備審査か何かで騎士選抜試験にも落ちたとかでしょう?」
更に余計な一言を言ってしまった。
近衛騎士の名を軽々しく使われたのが、よっぽど癪に障ったのかもしれない。
「俺を愚弄したなあっ!」
「いえあの、帝都近衛騎士を愚弄したのはそっちじゃないですか」
「怪我で済むと思うなよっ!!」
用心棒の男が剣を抜いた。
僕の方は丸腰だというのに容赦というものが見当たらない。顔真っ赤にして怒っているからそういう気遣いもどこかに入っているのだろう。
用心棒の大きく振りかぶった剣が収まる視界の端にある――
クラス変更。
すぐさま《
虚空から一振りの剣が召喚され、僕の足元に突き立った。
続いて《
筋力、体力、反応速度を向上させる。
立て続けにスキルを発動させていく。
《
魔法銀の剣を手に取り威力強化の効果を加える。
《
用心棒の動きを高精度で先読みする。
振りかぶった剣の軌跡がはっきりと視える。いやあの、直撃したら即死するコースなんですけど? とはいえそんな大振りに当たったりはしない。今の僕なら。
《
狙いを設定。これで外すことはない。
僕は下段に剣を構えた。
《
用心棒の男攻撃に合わせて僕は動いた。下段からの斬り上げ。狙いは振り下ろされる剣そのものだ。
《
熱したナイフをバターに当てるみたいに、魔法銀の剣は用心棒の剣を切断した。剣先が宙を舞う。僕の斬撃が勢い余って用心棒にまっしぐらだ。あ、やばい。調子に乗ってやりぎた。
「うわっとぉッ!」
《
腰を抜かしてへなへなとその場に崩れ落ちる用心棒は放置。
僕は剣の切っ先を元締めに突き付けた。魔法銀の刀身がギラリと光る。
「違法な金利でお金を貸している証拠は挙がっています。おとなしくお縄についてください」
「うちは新王様の許可を得て金貸し業をやっている!」
そんな出まかせを誰が信じるんだか、と思ったら、
「アレが証拠の許可証だ! ここに新王様のサインがある!」
と言い出した。
元締めが示したのは壁にかかった許可証だった。
確かにそれっぽいけど、偽物なのは間違いない。
市井の人間なら騙せるかも知れない程度にはよくできてる。
「あいにくですけど、僕はそんなサインをした覚えはないですよ」
「……僕は、だと?」
「さっき男爵家の三男って名乗りましたけど、ごめんなさい。あれは嘘です」
城下をうろつくときに使ってる偽りの素性なのだ。
「余は、アルベルト・リーデルシュタイン。あなたの言うところの新王様です」
「そんな……一国の王がこんなところで、何を……」
「ははは。こんなところって。ははは」
笑えない。
「王国領内の悪事は全て余に咎められると知るがいい」
実際にはすべてを把握できているわけではないけれど、悪事を許さないという姿勢は示しておきたい。
「申し訳ございません! どうか命ばかりは……!!」
僕の正体を知って、元締めは涙目。同情はしない。自業自得だ。
命を取る気はないけど、このまま済ませるつもりもない。帳簿も洗いざらい調べ上げて違法取引は全部摘発する。そうすればあの女の子の借金のケリもつくし、過払い分は戻してあげられるだろうから。
「ふうっ」
僕は魔法銀の剣を虚空へと
悪事がひとつ減って、少しだけ王都も平和になったと思える。
満足のいく外出だった。
王宮でじいやの小言が待っていることを思い出して若干げんなりしてしまったけれど。
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