限界な受験生が甘えんぼな後輩ちゃんと
~限界な受験生が甘えんぼな後輩ちゃんと~
大学に行くだけが人生のすべてではない。
そんな言葉は人生の道を開拓する方法を身に着けている立派な人間かはたまた現実逃避、あるいは立派な言葉を使ってみたいお年頃でもなければとてもしらふで口にはしない。
「大学に行くだけが人生のすべてじゃないよね……」
ちなみにユミカのこの言葉は現実逃避だ。
もう数か月後に迫った大学受験を前に、さしたる目的意識もなくとりあえずお金を稼ぎたいから大学に行こうという一般的な受験生のひとりである彼女は、今日も今日とて定期的に心が折れる。
「……はぁ。やるか」
眠ると決めている11時まではあと一時間と少し。
目いっぱいの伸びとお供の白湯で気力を回復させてペンを取った彼女の視界が、突然に閉ざされる。長文読解中に見知らぬ単語でできた一文を見つけたわけではない。柔らかなぬくもりによるそれは他者からの目隠しであって、現役受験生の勉強中にそんなことをする輩に心当たりは少なかった。というか今は一人しかいない。
「みうちゃん?いま見ての通りお勉強中だよ?」
「なんで分かったッスかぁーせんぱぁい♪」
楽しげに笑う声。
振り向けば、近くのコンビニのビニール袋を咥えた後輩のミウがひらひらと手を振る。定期的にやっているお泊り会のためにユミカの家にやってきていた彼女は隣の空き部屋で眠っていたはずなのだが、どうやらコンビニにでも行っていたらしい。
「ガンバってるセンパイに差し入れッスー!」
「ありがと。お金後で払うよ」
「いいッスよぉみうがやりたくてやってるんッスからぁ」
そんなことを言いながらミウが取り出すお菓子は、ポッキー、プリッツ、トッポ、じゃがりこ、ポテロング―――
「ああ。今日はポッキーの日なんだっけ。それにしてもバリエーション豊かすぎるけど」
「ッスよぉ♡」
にやにやと笑いながら開封したポッキーを咥えて見せる後輩ちゃん。
誘う視線にムラっときつつ、ユミカは極力平静を保ってじゃがりこのカップをとろうとするがもちろんミウに止められる。
「えへへ~♪だめッスよぉせんぱぁい♡」
「し、しないからね」
「なんでッスかぁ♡いーじゃないっすかぁ♡」
腕をぎゅうぎゅうと抱いて小さくも柔らかな感触と鼓動を押し付けてくる愛らしい後輩の視線に、けれどユミカは毅然として首を振る。
「だめだよいつもみうちゃんといちゃいちゃして勉強できないんだから……!今日もずっと遊んでてぜんっぜん進んでないんだよ?ヤバイよ落ちるよほんとに!さすがにそんなただれた青春事情で人生を踏み外すのはマズいの!」
「えぇー。いーじゃないッスかぁ♡いっしょに堕ちちゃいましょうッス……♡」
「受験生ッ!」
ユミカがどれほど抵抗しても、後輩ちゃんはうりうりと甘い先端を差し向けてくる。
「や、やめ、やめろぉ……ッ!」
「ほらぁ♡甘々ッスよぉ♡こうしてるあいだにも溶けてとろとろになっちゃうッスよぉ♡」
「ぐぅ、いかがわしい誘い方をしてもむだだよっ。ポッキーのチョコレートはちょっとやそっとじゃ溶け落ちたりしないッ!」
「……そッスか」
ふっと表情を消したミウがつまらなさそうに顔を離す。
ぽりぽりぽりとポッキーを平らげて、残りの分をユミカに渡すとあっさりと振り向く。
「いッスよじゃあ。もう二度とセンパイのおジャマなんてしないッス。おんなじガッコでいられる最後の一年ッスけど、センパイのこれからに比べたら大したことないッスもんね」
「あっ、」
「おやすみなさいッス。……センパイ」
最後の言葉は、どこか寂し気で。
足取り重く去っていく後輩の背に、普段めったに笑みを崩さない彼女の、たった一度だけ見たことのある泣きじゃくった顔を幻視する。
「み、みうちゃん!ごめんっ、やろう?ポッキーゲーム。勉強なんていいから、おねがい」
「いッスよ気ぃ使わなくても」
「違うよ!私が頑張ってるのは、将来もみうちゃんとずっと一緒にいたいからなんだよ?それなのに今あなたをないがしろにしたら本末転倒だもん。ごめんね。私、もっとみうちゃんといっぱい楽しいことしたいの」
ユミカの言葉に、みうは足を止める。
「ほんとッスか?」
「うん。ほんと」
「みうのことスキ、ッスか?」
「大好きだよ」
「これからもみうがおねがいしたら勉強中でも遊んでくれるッス?」
「絶対に拒んだりしない。約束する」
「……ッスか」
そして振り向いた彼女は、満面の笑み。
「えっへへー♪コトジチはいただいたッスー♪」
「なっ」
録音を停止するスマホを見て唖然とするユミカにしゅるりと抱き着き、ポッキーを咥えた小悪魔がにやにやと笑う。
「ほらセンパイ、みうはやくシたいッス……♡たっぷり用意してきたッスからね……♡」
「こ、これ全部……?」
「ぜんぶッス♡おねがいッス♡」
「う、うごぁあ」
―――ちなみに気合で大学には受かったらしい。
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