引退した元勇者だけどもう一度世界を救ってあげることにした

釧路太郎

第1話 僕の住んでいる村が魔王軍に襲撃された

 勇者を廃業して三年が経ったある日。僕が住んでいる小さな村に三週間ぶりに魔王軍の襲来があった。小さな村にある装備なんてたかが知れいているし、戦力になるような若者も僕しかいないのだ。そもそも僕はそれほど若くはない。村に住んでいる老人たちに比べれば若いというだけで、世間的に見ていると完全にベテランの域に達しているのだ。


「勇者様。今回は魔王軍の幹部がやってきたのですが、いかがいたしましょう。今まではそれほど強そうな魔物はいなかったと思うのですが、今回も大丈夫でしょうかね?」

「まあ、何とかなるでしょう。それと、僕は今は勇者ではないですからね」

「そうでした、元勇者様。よろしくお願いいたします」


 元勇者と言われるのはあまり心地良いものではないのだけれど、僕は今現在勇者ではないのでそう呼ばれるのも仕方ないのだ。僕は勇者として世界を三度救ったのだが、その功績を称えられて王都に石像を建てられてしまっていた。その石像はかなり美化されているし肉体的にも全盛期の姿なので今の僕を見ても同一人物だと気付くような人は誰もいないだろう。自分でも見てて恥ずかしくなるくらい似ていないという事もあるのだが。

 さて、魔王軍はいつの間にか村の周囲をぐるりと取り囲んでいるのだけれど、僕が勇者として最後に行った仕事である現魔王との会談で取り決めた人間の居住区に侵入はしないという約束を律儀に守っていてくれているため中に入ってくる心配はない。

 そこまで律儀に守ってくれると知っていたのなら、居住エリアから数キロの地点までは進入禁止にしておけば良かったと後悔していたが、魔王サイドとしてもそんな要求はのまないだろうからお互いにメンツを保てる丁度いい妥協点だったのかもしれない。

 ただ、こうして村から外へ出ることが出来ないというのはこの村にとっては死活問題であって、物資の搬入が滞ってしまえば一週間ももたないと思うし、そうなってしまえばこの村は王都からの配送ルートから外されてしまうのも間違いないだろう。一度配送ルートから外されてしまえば、頭の固い大臣たちを説得して元に戻してもらえることなんてないだろうな。何せ、この村は他の村から一つだけ大きく離れているし、この村が無ければ王都からの配送距離も半分くらいになるのだ。

 その上、この村には何の産業もないし観光資源だってない。言ってみれば、僕が今ここに住んでいるという事だけが観光資源と言っても言い過ぎではないと思う。それくらいここには何もないのだ。

 では、どうして僕が他の村に引っ越さずにこの村にこだわるのだろうか。その答えはこの村を取り囲んでいる魔王軍に関係がある。あいつらが狙っているのはこの村の地下にある巨大な魔法陣なのだ。その魔法陣の存在を知っているのは人間では僕だけだと思う。今の国王も先代の国王もこの村の村長だって知りはしないのだ。僕以外の人間が知らない理由なのだが、それは僕が勝手に魔法陣を作ったという単純なものなのである。

 魔王軍がなぜその魔法陣を狙うのかというと、この魔法陣がある限り魔族はこの世界で本来の力を発揮することが出来ないのだ。それは僕たち人間にも言えることなのだが、この魔法陣が効果を発揮している間は本来の魔力の一割も使えないことになる。それどころか、無駄に魔力を垂れ流すことになるのだが、その垂れ流された魔力が魔法陣に吸収され、それを僕が好きなタイミングで自分の力にかえるのだ。たった一人で世界を三度救ったカラクリがそこにはあるのだけれど、それについて知っているのは僕が倒した三人の魔王とその側近だけなのである。きっと、今の魔王も魔法陣があることで魔力を十二分に発揮出来ないというのは気が付いていると思うのだが、発揮出来ていない魔力が僕の力になるという事にまでは気が付いていないだろう。

 そんな事もあって、僕はこの村にこだわって暮らしている。きっと、世界中の人達は引退したとはいえ世界を三度も救った勇者が住んでいる村なのだから魔王に襲われて当然だろうと思っているだろうし、そんな人達は僕がどこかへ引っ越すにしても自分とは関係ないどこか遠くへ行って欲しいと思っているに違いない。その証拠に、大臣たちも僕が王都へ行くことを極端に嫌がっていたりするのだ。僕が言ったところで魔王軍なんて襲撃してこないという事を理解していないのだが、僕にとってはその方が都合が良かったりもするのだ。


 さて、この村にやってきた魔王軍の幹部というのはどんなやつなのだろうか。話が通じればいいのだけれど、最近の魔物は殺意ばかりが高くて交渉の余地がない場合が多い。今回は幹部って事で多少は話が出来ればいいな。

 そんな風に考えていたのは全くの夢物語であって、実際にやってきた幹部は言葉が通じない戦う事だけが取り柄と言ったような感じだった。もちろん、僕自身が戦ってもいいのだけれど、たまには僕以外にも戦力があるんだぞというところを見せる必要もあるだろう。

 この村も例にもれず防護壁が築かれていいるのだが、その入り口は南北に一つずつあるのだ。僕たちはそこから戦闘を繰り返して魔王軍を殲滅していく予定なのだが、一人では逆に囲まれてしまいそうだし、村人の力を借りようにも戦える人なんて一人もいない。魔物を一体だけ相手にするのだったら何とかなるかもしれないのだが、数えるのも面倒なくらいの大群が押し寄せてきているのでそう言うわけにもいかないだろう。

 僕は仕方ないので古い友人に助けを求めることにした。僕の古くからの友人は少しばかり影響力があるので強い部下を抱えていたりもするのだ。そんな部下を何人か借りて村を取り囲んでいる魔物をどうにかしてもらう事にしたのだけれど、僕が思っていたよりも魔物は弱く、友人の部下は強かった。


「凄いね。数では圧倒されているっていうのに、あっという間に全員倒しちゃったよ」

「そうだね。もう少し歯ごたえがあれば俺様が直接出向いてやっても良かったのだが、今回は俺様の部下だけで事足りたようだな」

「でもさ、元魔王が人間を救ったって知ったら今の魔王はびっくりしちゃうんじゃない?」

「勘違いしているようだが、俺様は人間を救ったのではなく元勇者の頼みを聞いただけだ。何の問題もないだろう」

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