十二月十七日 わがしや 下
学校から帰宅した杏は企み顔の母に手招きされて、台所に入った。空木が休んでいることは杏の表情を見れば筒抜けのようだ。
母の手によって、棚から二つの壺と砂糖の木箱が取り出される。
作業台の所に正座した杏にも一つは見覚えがあった。小豆の粉が入った壺だ。もう一つは覚えがない。
「風邪によぉく効くけど、扱いが難しいからね。よぉく聞いててね」
母は懐紙に粉を移しながら、にっこりと笑った。
✎﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏
杏は意気揚々と道を歩いていた。お使いに慣れているので、町の地図は頭に入っている。後二つ、角を曲がったら空木の家だ。実家は呉服屋を営んでいるらしい。呉服屋ののれんをくぐり、思わぬ人物に出くわした。固まる杏に対して、相手は道端で猫を見つけたようなひょうきんさだ。
「どうした、アン。使いか?」
「せ、先生の、お、おお見舞いに」
「
上がってく?と妙齢の女性はからりと言った。やわらかい空木の母にしては、気持ちのいい性格だ。
杏はしばらく悩んで、克哉に視線を寄越した。彼は彼で服選びに忙しいようで、試しに出された生地を肌触りを確認している。
ちょっと面白くなかった杏は口を一文字に結び、もう一度思案して、お願いしますと頭を下げた。
案内もこざっぱりとしたもので、奥に入って、左の二番目の部屋ね、だけだった。杏にとっても、もてなされるのは気を使うので、放っておかれる方がありがたいと思ったのは秘密だ。
「空木先生、いますか」
杏は言われた通り、左の二番目の障子に声をかけた。
寝ているのか、返事はない。
障子がうまく合わさってない場所を見つけて、申し訳ないと思いつつ、中をのぞきこんだ。異様にふくらんだ布団の塊がある。寝ているにしては、高さがあった。よくよく見れば、背に布団をかぶり、机に体をあずけた空木がいる。さらに目をこらせば、顔は林檎のように真っ赤だ。
血相を変えた杏は店の表に転がり込んだ。
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