十二月十五日 わがしや 上
「杏ちゃん、お使い頼める?」
ただいま、と小さな声を聞いた母はいつもの調子で振り替える。戸を開け、大粒の涙をためた娘を見てぎょっとした。
「どうしたの、誰かにいじわるわるされたの? 杏の砂糖漬け食べる? 兄ちゃん呼んでくる?」
あわてて駆けよった母は伏せられた杏の顔を覗きこむようにしゃがんだ。
こらえきれなかった涙が一粒、また一粒と落ちていく。母の言った全てに頭をふり、しゃくりあげながらこぼれた言葉はこうだった。
「先生が学校を休んだ? えぇ、と。悲しくて泣いてるの?」
母は優しく訊ねた。
顔に力を込めた杏は、ぼろぼろと涙をこぼす。
「わ、わだしの、せい、で。やすんんだと、おもう」
困惑顔を極めた母はとりあえず、娘を抱きしめ、背を叩く。高い体温に少しだけ冷静さを取り戻してから、娘の顔を見つめなおした。
「どうしてそう思ったの?」
「さ、っ、さむい、と、ところで、あそんだっ、から、かぜをひいたって」
「……先生がそうおっしゃったの?」
母の問いへの返事は否だ。ゆるく振られた首を見た母はためていた息を吐いた。
杏の頬は手の甲でこすったあとで赤くなっている。
後ろ向きな考えばかりする娘の真っ赤な頬を撫でながら母は飛びっきり優しい笑顔を見せた。
「大丈夫よ。先生も大人なんだから、外で遊んだぐらいで風邪なんてひかないわよ。昨日はうんと冷えたから、ちょっと体がびっくりしたのかもね。きっと明日には治って、学校に来るはずよ」
母の明るい調子に、杏は瞬いた。大きな粒がころころと落ちて、その後に続くものはいない。
「母ちゃん」
「なぁに」
「お使い、いく」
律儀な娘に母は笑って、ちょっと待っててね、と準備し始めた。
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