ただの予知夢

春嵐

ただの予知夢

 目の前で、人が轢かれる。そして、その身体が、ごろごろとこちらに転がってきて。起き上がる。


「なんなんだ。いきなり轢くなんて」


「え」


 無事なの。


「あ、いや。無事だけど、無事じゃないんだろうな、これからは」


「どういうことですか?」


「たぶん、夢なんだよ、ここ。夢だから、轢かれてもいたくないし死ねない」


 夢。たしかに、どことなくふわっとした感じがある。


「夢だけど、たぶん、これから起こることだ。予知夢っていうのかな」


「予知夢」


 たしかに、予知夢はよく見る。体質的なものだけど、せいぜいがドラマの内容先取りとか、忘れ物に気付くとか、そういう程度。

 だから、人が死ぬとか、そういうのは、見たことがない。


「なんだ、人が死ぬのを見るのは初めてって顔してるな」


「そりゃそうですよ。人なんて」


「ドラマではよく死んでるだろ。ニュースでも」


「それは」


「同じ死だよ、ぜんぶ。夢の中も、現実も同じ」


「あの。あなたは」


「俺か。俺は仕事の関係でよく生きるだの死ぬだのに関わってるから、あんまり気にはならないな」


「いや、そういうことじゃなくて」


 死ぬ。このひと。車に轢かれて。


「ようやく死ねるって感じだな。なんか、こうなるのを、ずっと、待ってたかもしれない」


「待ってた?」


 死ぬのを?


 そこで、目が覚めた。


「たすけなきゃ」


 意味もなく、思う。助けなきゃ。死のうとしているひとを。助けないと。理由も分からない。ニュースやドラマの死じゃない。目の前の、大切な何か。何か、とにかく、よく分からないけど、助けないと。

 でも。

 顔が思い出せなかった。声も。夢の中の出来事だからか。これじゃ、誰を助ければいいのかわからない。

 とにかく、部屋を出た。

 走る。近くの交差点。


「あ」


 救急車が来ている。

 間に合わなかったのかな。

 何か。

 大事なものを失った、気がする。

 せめて、顔だけは。

 救急車のほうに踏み出して。

 車の。

 クラクション。

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