30 集結と過ち。


 目が覚めると、何故か私のベッドにはジェフまで眠っていた。

 イケメン三人に囲まれている。なんだ、この状況。

 ぽけーっとしていたら、背を向けて寝ていたエグジが呻いた。


「んー、エラン?」


 ベッドからはみ出た手で、エランを探す。


「ここにいる」


 床に丸まって眠っていたエランも呼ばれて起きて、エグジの手に自分の顔を当てた。


「おかしな夢を見たんだ……。リリカ師匠が、幼くなって戻ってきたんだよ」


 エグジってば、昨日再会したことを夢だと思っている。


「昔、弟子入りす前に、思ったことがあるんだ……もしもこの人がおれと同じくらいの女の子だったら、きっと恋をするんだろうって」


 おっと。それは、私が聞いてはいけないことでは?


「でも、師匠が大人の女性でも、おれにとって、結局初恋になったんだ。おれの初恋の人……おれの居場所……なんで……守れなかったのかな?」


 初恋。それには驚いてしまったが、エグジが涙声になった。


「エグジ」


 エランが、焦って呼んだ。

 しかし、エグジは気付かない。


「あの笑顔が忘れられないんだ……忘れたくない……絶対に」

「エグジ。後ろを見るんだ。夢ではない」

「へ?」


 後ろを振り向いたエグジは、涙で目を濡らしていた。


「リリカ様は本当に戻られた」

「おはよう、エグジ」


 私は誤魔化すように明るく笑って見せる。

 エグジの反応というと、ベッドから落ちてひっくり返った。


「私が初恋だとは知らなかった」

「っ!!」


 床にひっくり返ったまま、エグジは顔を真っ赤する。

 耳まで真っ赤だ。


「ちが、くない、けどっ、えっと……なんで?」


 否定しようとしたが、認めて、頭を抱えてから、エグジはどうして今こんな姿でここにいるのかを問うた。


「不老不死の薬のせいよ、エグジ」

「不老不死の薬……? おれに会う前に飲んだって言う!? 十年も前じゃないですか!!」

「うるせーよ、エグジ!」


 私の右隣で寝ていたスクリタが起き上がる。

 しかし、私の足元に丸くなっているジェフが起きない。

 覗き込むと二人の声には反応して寝苦しそうだけれど、瞼を閉じたままだ。

 ジェフも疲れていたのかな。顔には出ていないだけで。

 国王たるもの疲れた顔をしていられない、なんて前に言っていたことを思い出す。

 そっとジェフの頭を撫でてやった。


「……エグジ?」


 初恋がバレて赤面していたのに、エグジが躊躇なく私を触り始める。

 髪に触れて、頬に触れて、額に触れた。


「つまり、十年経ってようやく、成功? リリカ師匠は不老不死?」

「不老じゃなくて、若返りが発揮されたみたい。きっと十年前に泥酔してた私は思い立ったのよ」

「若返りの効果を入れようって? ははっ、思い立ったら行動ですもんね」


 言い当てたエグジは、力を抜いて笑う。

 笑った顔を見て、私は安心したので、頭を撫でた。

 エグジは頬を赤らめたけれど、嬉しそうな笑みを溢す。


「ところで、どうして我々の家の付近で、悪魔がいた形跡があったのですか?」


 エランが問う。


「それもアルテが来たら話すわ。アルテはまだ戻ってないのかしら」

「アルテはきっと魔王のところです。あなたをさらったと思い込んで……止める間もなく行ってしまいました」

「それにしても遅くない? 誤解はすぐにとけるでしょう」

「魔物嫌いのアイツのことだ。魔王がさらってないって言っても、嘘だって決めつけて切りかかってるんだろうよ。アルテのやつ、ずっとピリピリしてたからな。時間が過ぎるにつれて」


 大欠伸をしたスクリタも、会話に加わった。

 ピリピリしていた、か。

 安らげない。そう言っていたもの。


「案外、和解して君を一緒に探しているんじゃない?」


 ジェフがようやく起き上がった。


「「「それはない」」」


 アルテがあのシャンテと手を組むなんて、あり得ない。

 私と弟子二人は断言した。

 あのアルテの魔物嫌いは、この十年治っていない。


「着替えて。朝食をすませたら、魔王城に行ってみよう」


 ジェフはそう声をかけると、私の頭を撫でた。

 その手を、エグジとスクリタが叩き上げる。


「リリカ師匠の頭を撫でるなんて、何様だ」

「王様だよ、知らなかった?」


 バチバチッとエグジとジェフの間に火花が散りそうな空気。

 じとりと軽蔑な眼差しを向けるエグジとにこやかな笑みを張り付けたジェフ。

 この二人は、昔からこうである。


「着替える」


 私がそう言えば、三人はベッドから降りた。


「リリカ師匠のそばにいてくれ」

「わかった」


 エランだけを私の元に残して、侍女達が入り、着替えをしてもらう。

 言われた通り、朝食をとっていた最中に、その知らせは届いた。


「ご報告します!! 天才魔導師リリカ様の弟子アルテ様がっ――――重傷で治療室に運ばれました!!!」


 アルテが、重傷?

 私はすぐにダイニングルームを飛び出して、城の中にある治療室に向かう。

 アルテに重傷を負わせるなんて、一体誰が?

 シャンテなんて、考えたくはない。

 治療室に入ると、血にまみれたアルテが治癒師の治療を拒んでいた。


「放しなさい! 治癒をしている場合じゃない! ううっ!」


 腹部にも肩にも、大きな傷があるようで、そこを押さえて蹲る。

 美しい金髪も色白の肌も、血に濡れて台無しだ。


「アルテ。治療を受けなさい」

「そんなことより、アイツが!! アイツが、とんでもない過ちを!!!」


 私がそばまで行き、声をかけた。

 額にも傷があって、流れた血で、まともに目を開けない状態だ。

 私を見ていない。私が見えていない。

 アイツ。シャンテのことだろうか。

 私はアルテが降りようとするベッドに上り、それから、アルテの頬を両手で包み、額にキスをした。

 治癒魔法を施す。

 傷は消えた。でも血で塗れた目を開けずにいたアルテだったが。


「……リリカ師匠?」


 魔力を感じて、私だとわかったようだ。

 ちょっとだけ若々しい魔力になってしまったが、妖精エルフは魔力に敏感。

 きっと私だと認識してくれたのだろう。

 私は袖で目元を拭ってやった。

 まともに目を開けるようになったアルテは、私を見て驚いた顔をする。

 翡翠の瞳は、まん丸に見開かれた。


「リリカ師匠っ……?」


 まだ信じられないように、私を呼ぶ。

 血に濡れた手を伸ばして、私に触れようとするから、私はその手を握ってやった。


「ただいま、アルテ。私だよ。治療を受けて」

「……は、はい、リリカ師匠……」


 戸惑ったアルテがベッドに横たわったから、治癒師に治癒魔法をかけてもらう。

 アルテは私の手を握ったまま、見つめたまま、治療を受ける。


「リリカ師匠……」

「ここにいるよ」

「……リリカ師匠」

「うん」


 何度か呼ぶから返事をした。

 そのうち、アルテはうとうとし始める。撫でてやれば、呆気なく眠りに落ちた。


「睡眠が大事だって、教えたのに……」


 ぼそっと呟いて、私はアルテが握ったまま放さない手を握り返す。 


「なんでアルテがこんな重傷に……」


 一緒に来たエグジは、困惑した。


「決まってんだろ! クソ魔王の野郎が返り討ちにしたんだろうが!」


 スクリタが、苛立ちをぶつけるために、声を上げる。


「シャンテがそんなことする?」


 私は疑問でならない。


「確かにアルテはシャンテに敵意むき出しだけど、でもシャンテはいつも相手にしなかったじゃない」

「なんでアイツの肩を持つんだよ! 自分の弟子がこんな目に遭ったのに!!」


 スクリタが、怒った。


「アルテは、シャンテだとは言ってないじゃない」

「魔王城に行ったんだろう!? クソ魔王以外にいるかよ!」

「師匠に噛み付くなよ!」


 エグジは私に掴みかかろうとするスクリタを押し退ける。


「アルテが目を覚ましてから聞きましょう。話はそれからよ」


 私はそれだけを返して、眠らせたアルテを見つめた。

 治癒が終わっても、アルテは起きない。手も放してもらえなかった。

 エグジもスクリタも、私から離れるつもりはないようだ。

 アルテが起きるまで、ベッドのそばにいた。


「……」


 夕暮れになってから、アルテは目を覚ます。

 瞼を開き、高い天井を見上げる。

 ぼんやりとしていたけれど、我に返ったように飛び起きた。


「リリカ師匠!!?」

「ここにいるよ」

「師匠!? なんで! どうして!?」


 私の手を握ったままのアルテは、力一杯に私を抱き締める。


「リリカ師匠ぉおっ! うわあああんっ!!」


 そして、大泣き。


「アルテ。嬉し泣きする気持ちはわかるよ。でも、昼食を抜いているから、リリカに夕食を食べさせてあげたいんだ。いいかい?」


 治療室にやってきたジェフが、そっと声をかける。

 私もアルテも、お腹をきゅるるっとお腹を鳴らす。


「食べよう。体力も回復させないとね」

「……はい、師匠」


 アルテは、私の言葉に従ってくれた。

 でも、様子がおかしい。食事中も、黙り込んでいた。

 私が何故戻ってきたのか、聞きもしなかった。

 何かを考えている様子だ。


「アルテ。誰にやられたの?」


 私が口を開くと、ビクッと肩を震え上がらせた。

 恐れを抱いた反応だ。


「……どうしたの? アルテ」

「……」


 私がその反応について問うと、オロオロと視線を泳がした。


「アルテ」


 急かすように名前をもう一度呼ぶ。


「……わたしの質問から答えてください。リリカ師匠」

「……わかったわ」


 観念したようにアルテはそう言い出す。

 きっと私についてだと思い、私は許可を出す。


「リリカ師匠は確かに呼吸が止まり、心臓が止まり、魔力もなくなっていました。死んだんですよね。でも今は……姿もですが、芽吹いたばかりみたいに若々しい魔力になっています。そして前とは違って、魔力量が少ないてす……どうしてですか?」

「十年前に作って飲んだ不老不死の薬が効果を発揮したのよ。若返りの効果も追加したせいかもしれないけれど、一度死んでから魔力が戻り、若い身体を再構築されたってところね。魔力量は回復中よ、不安定なの。厳密にはあの薬は、不老不死の薬ではない。不死の者になる薬」

「……不死の者に、なったのですね……」


 ごくり、とアルテは水を飲んだ。


「こっちの番よ。アルテ、誰にやられたの?」

「……」


 誰に負傷を負わされたのか。

 アルテはまだ躊躇を見せたが、告げた。


「――――魔王シャンテです」


 魔王シャンテが、私の弟子を傷付けた、と。


「それが本当なら、魔王シャンテに反逆の意思が芽生えたってことになるよ」


 同席しているジェフが、口を開く。


「質問はまだです」


 アルテは私だけを真っすぐに見つめると、二つ目の質問をした。


「リリカ師匠。魔王シャンテは友だと言い続けてきましたね。でもアイツのためなら、なんでもしますか?」


 立ち上がったアルテが、言い放つ。


「ちゃんと殺せますか!?」


 質問の意図がわからなくて、私は顔をしかめた。

 なんでもするのかと聞いておいて、殺せるのかと聞く。

 ちゃんと、殺せる、か。


「どういう意味?」

「答えてください!」


 私が答える番か。


「……殺さない。事情がわかるまで、私はシャンテを殺す気はない」


 ジェフにも視線を送り、私の答えをはっきり伝えた。


「……っ」


 アルテは、椅子に腰を落とす。

 絶望したような顔だ。


「どうして殺せるかなんて聞くの? いいえ、私からの質問はこうよ。事情を全て話してくれる?」


 今度は私が質問する番。

 しかし、アルテは。


「答えたくありません!」


 そう子どものように声を上げた。


「アルテ、ちゃんと答えなさい」

「わたしの答えは、答えたくありません、です!!」

「それはずるい」


 ずるいが、確かにちゃんと答える、というルールはつけていない。


「イライラさせんな! アルテ!!」


 バンッとテーブルを叩いたのは、スクリタだ。


「お前に刃を向けたんなら、師匠にも牙を向けたも同じだ!! そうだろう!? だったら、オレ達の敵だ!!」

「何度も言わせないで、スクリタ」


 私は、シャンテを殺す気はない。


「事情を話すまでだろう? さっさと言え!!」


 私を睨みつつも、スクリタはアルテに問い詰める。


「うるさい単細胞!! 事情を話したらっ、話したらっ……! 師匠がっ、また死ぬかもしれない!!」

「「!?」」


 アルテの発言に、スクリタもエグジも驚愕を顔に浮かべた。


「……私はもう死なないわ、アルテ。不死の者だからね」


 こつこつ、とこめかみをつつきながら、私は言っておく。


「でも、本当のところ、どこまで不死身なのかはわからない。しかも私は今魔力量が少ない上に、まともに魔法も使えない状態。不安しかないでしょうけれど……二択よ」


 二本の指を立てて、見せた。

 怪訝そうな顔に、弟子達は注目する。


「ちゃんと事情を話して一緒に対処するか。それとも、私が一人で魔王城に乗り込んでシャンテと話すわ」

「だ、だめです!!! 一人なんてっ!! 絶対にだめです!!」


 アルテは泣きそうな顔で声を上げる。


「魔王が敵に回ったのなら、一人では行かせられないよ。リリカ」


 ジェフが言い放つ。

 威厳ある声。行こうとすれば、本当で止める気だろう。


「私は決めたことをやる」


 私も負けじと、圧のある声を放つ。


「だめなんです! リリカ師匠!!」


 アルテは私のところまで来ると両手を握って、やっと事情を話した。


「魔王シャンテは……――――魔人を解き放ったんですっ!!!」


 私が封印した、魔人。

 それを解き放った。


「魔人は魔王シャンテの身体をっ、乗っ取りましたっ!!!」


 魔人は魔物を支配する力を持つ。

 最後に見た時、魔人には肉体がなかった。

 だから、だろう。シャンテの身体を乗っ取った。

 私の友を、奪ったのだ。

 ぎりっと歯を噛み締めた私は、そばに置いた杖を掴み、床に叩きつけた。



 

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