28 若き王と求婚。
「私は敵ではありません!」
スクリタを起こすことは諦めて、私は手を上げて無害アピールをする。
しかし、魔法で現れたのだ。
手を上げても、無害だとは思わないだろう。
口をきつく閉じてみたけれど、無意味だ。
「この城には天才魔導師リリカ様の結界が張られているのに、すり抜けて入ってきた! その上、スクリタ様が倒されている! この子どもはただの子どもではないぞ!! 心してかかれ!!」
「魔導師を呼べ!!」
あーそれは私が張った結界なので、すり抜けてられるんだよねー。
スクリタが倒れているのも、私がパンチをクリティカルヒットしたせいだ。
うん、まぁー、そうだね。私はただの子どもじゃないね!
この騎士の判断力の早さがすごい。
ジェフは優秀な騎士を持ったものだ。
「だから私は敵ではありません! 本当です!」
「魔導師が来るまで、魔法を使わせるな!!」
「使いませんから!」
剣を突き付けられて、私は思わず後退りをした。
パリン、と何かを踏みつけて割ってしまう。
あ。絶対に装備していたアイテムの何かを踏んだ。
バァンッ!
アイテムが爆発すると思ったので、スクリタを盾にした。
魔法壁が発動して、私達は守られたが、一部の服は吹き飛んだ。
「攻撃をしてきたぞ!」
「違います! 今のは事故!」
「剣を構え!!」
剣を構えとは言うけれど、魔法の剣を召喚することを差す。
ああ、まずいなぁ。交戦したら、ジェフに怒られる。
そもそも交戦が出来るかもわからないけれど……。
もう! いい加減に起きてくれよ! スク!!
ばさぁああっ!
絶体絶命かと思ったけれど、背後に羽ばたく音を耳にした。
振り返れば、神々しい黄金色の大きな鳥が降り立つ。
黄金の花びらをまき散らかしながら、尾ひれを靡かせて、バルコニーの手すりに留まる。
「フィオフェニー!」
私は満面の笑みになった。
ジェフの守護獣フィオフェニー。
首を傾げて、私をじっと見下ろす。
その円らな瞳も、また黄金色。
乱れた髪を、掻き上げてから、手を伸ばす。
けれども、懐かしい声を聞いて、私は顔を向ける。
「陛下!」
「国王陛下!」
このキャロッテステッレ国の若き王が来たようだ。
私は、ぱっとまた満面の笑みになる。でも、気付いてくれるだろうか。
彼よりも、幼くなった私を……。
十八歳の若き王は、騎士達の間を抜けて、真っ直ぐに来た。
かと思えば、跪く。
私の右手を取ると、優しく両手で包んだ。
艶やかな黒髪と青い瞳をした若き王は、告げる。
「結婚を前提に婚約してください」
「? ……婚約は結婚を前提にするものでしょ。落ち着け、ジェフ」
いきなりのプロポーズに戸惑いつつ、冷静を装って宥めた。
「あ、いや、ごめん。あまりにも、君の可愛い姿を見て、つい……」
頬を赤らめたジェフは、キラキラした目で私を見つめる。
「ああ、リリカ。会いたかったよ。とても……とても」
ジェフは優しく目を細めると、両腕で私を抱き締めた。
割れ物を扱うように、優しく包み込む。
「リリカ様?」
騎士達は、ざわざわと騒ぎ始めた。
「ハーイ」
私はジェフの肩越しに笑いかける。
そうすれば、一斉に騎士達は傅いた。
「刃を向けて申し訳ございません!」とか「お許しください!」とか、たくさんの謝罪をされる。
「怪我はなかったかい? 爆発音がしたけれど」
「あ、大丈夫。私がうっかり爆薬を踏みつけちゃって、ごめんなさいね。騎士の皆さん」
ジェフはようやく抱き締めることをやめて、私を頭のてっぺんからつま先まで確認した。
今度は騎士達から「滅相もございません!!」と声を上げられる。
「リリカ様。ご無事で何よりです」
中性的な声を発して、フィオフェニーが顔を擦り寄せて来た。
撫でてあげると気持ちよさそうに目を閉じる。
「この大量の服はどうしたんだい?」
「ああ、スクリタが買ってくれたの。当分はいるだろうって」
「……そのスクリタはなんで寝てるんだい?」
「失言したからパンチを食らわせたの、それっきり寝ちゃった」
それを耳にした騎士達は、またざわめく。
「じゃあなんで、スクリタは君を早く連れてこなかったんだい?」
なんとなく、ジェフの顔が見れなかった。
なんか、圧を感じる。
「なんで君は悠長に買い物をしていたんだい?」
頬に手を当てられて、顔を見る羽目となった。
にっこりと笑っているが、若き王は怒っていらっしゃる。
「私だって早く来たかったのよ? でも」
スクリタが独占したいと言い出すものだから……。
とは言えない。
「私、今魔力が不安定すぎて、魔法もまともに使えないのよ。転移魔法を使って来たら、このバルコニーに落ちたくらいよ?」
「そうなのかい。けれど、君が不安定なら、スクリタが転移魔法を使えばいい話じゃないのかい?」
にっこりと保ったまま、ジェフは続けて言う。
「思うに、スクリタは僕達が君を死ぬほど恋しく想っていたのに、知らせも寄越さずに独占していたんだろう? 違うかい?」
うっわぁー。バレてるー。
死ぬほど恋しく想っていた、を強調した。
トゲも感じる。
「……ごめん、ジェフ」
死んでいてごめん。
そう込めて、謝る。
伝わったようで、笑みをなくしたジェフは、少し黙り込んだあと、私を抱え上げた。
「わっ! ジェフ、力持ちだねー」
「君が軽いんだよ。仕立て屋を呼んでくれ。子ども用のドレスを作ってもらう」
「え? 服なら山ほどあるんだけれど」
「あれらはもう汚れているし、僕にも贈らせて」
ジェフは軽い足取りで、歩き出す。
バルコニーで伸びいているスクリタをよろしく頼むと、私はフィオフェニーに指差した。
了解した、とフィオフェニーはくちばしでスクリタをつつく。
「それに君がどうやって戻ってきたのかも、聞かせてほしい。紅茶を淹れるよ。君の好きな蜂蜜入りのオレンジの紅茶を」
眩しそうに微笑んだジェフに、私も聞きたいことがある。
「その前に。エグジとアルテはどこ? ここにいると思ったんだけれど」
この騒ぎで出てきていないのなら、いないのだろう。
「入れ違いだ。君の家に一度帰っていったよ」
「そうなの!? 我が家に移動すべきだったか……」
「すぐ戻るよ。ここで君を蘇らせる研究をしていたし、君がいないってわかればここに戻ってくるはずだ」
入れ違いなんて、そんな。
戻ってくるなら、そうだな、待っていようか。
私は再び、陛下お抱えの仕立て屋に服を着せられた。
「不老不死の薬? 十年前に、酔って作ったあれかい?」
「よく覚えていたね」
「でも、あれは失敗したとばかり……不老不死の薬なのに、なんで死んだんだい?」
「予測するに、きっと不死の者に作り変えるために必要な過程だったのよ。私の称号に【不死の者】がついたわ」
「……不死の者。つまり、君はもう死なないんだね。リリカ」
不死の者だ。きっと死なない。
仕立て屋のおじいちゃんには聞こえないように、消音の魔法を使いながら、話した。
使っているのは、ジェフだけれども。
「わかっていることを全部話したいけれど、私の弟子が揃ってからでいいかしら?」
「うん……。でも、君があんな目に遭うのは、十年前から決まっていたんだね」
「……ごめん」
シュンと肩を落とす。
「僕にも責任がある。あの頃、ヤケ酒をしていた君をちゃんと見張ってなかったから……」
「いや、ジェフの責任じゃないでしょう。大人の私が無責任な行動をしたせい」
「ううん。君のそばにいるって約束したのに……コウタロウ様とカンナ様の穴を埋められなかった僕に責任があるよ」
ジェフは首を振ると、飲んでいた紅茶のカップをテーブルに戻した。
「どうして言ってくれなかったの?」
手を組んで身を乗り出したジェフが、真剣な眼差しを向ける。
「弟子に自分を帰してもらうつもりだったって、魔王から聞いたよ」
「え? あー……それは、とっくに諦めてたよ?」
「……帰りたいなんて、弱音、この十年……一言も口にしなかった。僕はまだ、そんなに頼りない?」
シャンテめ。余計なことを言ったな。
「……弱音なんて吐くことなかった。大切な友人はいるし、大事な弟子が三人もいる。一人ぼっちじゃないよ」
本心を言って、私は微笑んだ。
ジェフも微笑みを返す。
そこで、ようやく起きたのか、乱暴に扉を開けたスクリタが登場する。
手には、私の装備を持っていた。
「てめぇ!!」
ぐるるっと睨みつける相手は、ジェフ。
「やぁ、おはよう。スクリタ」
「リリカを返せ!!」
「リリカ師匠、だろう?」
笑いかけながらジェフはスクリタに近付いたかと思えば、私の装備から眠り粉を取り出して、ふーっと粉を吹きかけた。
「なっ、にしや……が……――」
ばたん。
倒れたスクリタは、再び眠りについてしまった。
「今度は僕がリリカを独占させてもらうよ」
「ジェフ?」
「中庭でも散策しよう? そのドレス、とても似合って可愛いよ」
「えっと……ありがとう」
眠らされてしまったスクリタを心配しつつ、手を取るジェフに部屋から連れ出された。
着ているのは、とても女の子らしいフリルがあしらわれたドレス。
真っ青な色は鮮やかで、私も可愛いと思う。
私の手を引くジェフは、誘った通りに中庭へ足を運ぶ。
よく光太郎くんと神奈ちゃんと一緒に、ジェフと遊んであげた場所だ。
久しく来ていなかった。何年ぶりだろうか。
「この小さな身体だと、迷路の庭みたいで素敵ね!」
ちょっとワクワクした視点で、見回す。
「僕もその頃は、そう思っていたよ」
くすり、とジェフは笑った。
「鬼ごっこしようか?」
私は冗談を言う。
「いいよ。僕が勝ったら、婚約してくれるかい?」
瞠目してしまう。
「どうしたの? 婚約婚約って……」
「この前、話だろう。僕が結婚出来る歳になったから結婚しろと催促が煩くてね」
「それは国王になってからでしょ? 婚約者を決めろって。世継ぎを作るのも王の務めだもんね……。本当に好きな子いないの?」
「……」
片膝をついたジェフは、花に触れる。
「リリカ。僕達は良き友だよね?」
私は首を傾げる。
「うん、良き友だね」
「良き友なら……――――良き夫婦になるとは思わない?」
花を摘むことなく、触れたまま、ジェフは私を見つめて問う。
「……んー、そうね。それは、そう思うけれど……ふふふっ」
私は吹き出してしまった。
「私が王妃になるのは、どうかしら……」
「君は英雄の天才魔導師リリカだよ。誰もが認める」
「それはどうかな。この姿を見てよ」
私はぺしゃんこになった胸を張る。
「可愛いよ」
ほんわかと微笑んだジェフ。
かなりこの姿をお気に召したようだ。
「調べてみないとわからないけれど、ちゃんと成長するかわからないし、この姿を妻に迎え入れるのはどうかと」
「じゃあ、リリカ。もしもちゃんと成長したり、元の姿に戻れたら……僕と結婚してくれますか?」
私の手を取り、ジェフがまたプロポーズしてきた。
「……ジェフ。どうしたの?」
なんで結婚を申し込んでくるのだろうか。
「……君を一度失った僕の気持ちは……わからないと思う」
少し悲しみを帯びた青い瞳をした。
私は胸が痛むのを感じる。罪悪感。
「良き友であり、良き夫婦になろう?」
手を握ったジェフは、そっと私の手に口付けを落とした。
「ずっと、そばにいてほしい。永久に」
すーっと涙が一筋、流す。
「……」
私は握られていない方の手を、ジェフの背中に回した。
そして、抱き寄せる。
「ごめんね、悲しい思いをさせてしまって……本当にごめんなさい、ジェフ」
「……」
「そばにいるよ。私は、あなたの良き友。そばについてるから……これからもずっと」
ジェフから返事はなかった。
でも私をぎゅっと抱き締め返す。
「多分、不死の者だから、永久に」
笑わせてみれば、成功した。
ジェフは、ふふっと肩を震わせて笑う。
けれども、泣いたようで、少しの間、抱き締め合ったまま。
花の香りが満ちたそこに、黄金色の花びらが降ってきたかと思えば、フィオフェニーが舞い降りた。
私達を守るかのように、大きな翼で囲う。
それとも、泣いているジェフを隠してあげたかったのかもしれない。
「もう大丈夫だから、ジェフ」
迷路のような美しい中庭。
花の香りが飽和したそこで、黄金色の大きな神々しい鳥と若き王に包まれた。
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