第二章

24 諦めない。


 ベッドに横わたる美しい女性。

 黄金色の長い髪を広げた彼女は、息をしていない。

 彼女は、こう呼ばれている。


 天才魔導師リリカ様。


 この世界の他種族を滅ぼそうした魔王から救った英雄の一人。

 最強の勇者一行の一人だった。

 ともに異世界から召喚された勇者と聖女は、彼女の手で帰した。

 自分だけが取り残されても、帰したのだ。

 彼女の才能だけではない、人柄も称賛されていた。

 愛されてもいたのだが、彼女は息絶えたのだ。


 三人の弟子は、彼女を愛していた。

 心の底から、愛していたのだ。

 だから、彼女が息絶えても、諦めなかった。


「すぅーはぁー……」


 涙を流し続けた一番弟子エグジは、深呼吸をのちに顔を上げる。

 涙を拭い、言った。


「聖女を呼ぼう」


 彼女のベッドのそばにいた二番弟子アルテも、顔を上がる。


「えっ、何? 聖女?」


 理由を問う。


「聖女なんか呼んでどうするんだよ……?」


 頭を抱えて蹲っていた三番弟子スクリタは、顔を拭いながら答えを急かす。


「魔導師シュバンの葬式のあと、アンジェリカが死者を生き返らせられないかって聞いたんだ。その時っ、っ。リリカ師匠は、ないって言った。でもおれが本当にないかって聞いたら……聖女なら、聖女なら可能かもしれないって言ってたんだよ。魔導書の中に書いてあるはずだ。見つけ出して、聖女の召喚をしよう。祈れば、きっともう一度勇者と一緒に聖女が現れる」

「わかった……聖女。聖女ね」

「っ。ん、魔導書を調べる」


 アルテもスクリタも涙を拭って、立ち上がった。

 エグジをすり抜けて、息絶えた彼女に触れた者がいる。

 魔王シャンテ。

 青白い手を伸ばし、彼女を持ち上げると、唇を重ねた。

 ぶわり、と藍色の煙のようなものが溢れ出す。


「魔物風情が!!! 師匠を汚すな!!」


 魔物嫌いのアルテがカッとなって、短剣を取り出して、刃を向けた。

 しかし、それより先に、青い光が魔王シャンテの肩を貫く。


「我が友に……何をしている? 魔王」


 激情を抑え込んで、訊ねたのは、青い刃を放った若き国王ジェフだった。

 返答次第では息の根を止める、と光の刃を左右に浮かせる。


「聖女は呼べない」


 魔王シャンテは、告げた。


「蘇生の魔法を使うしかない」

「魔物の蘇生の魔法!? アンデットに変えるつもりか!? 魔物の言いなりになるアンデットに!!」

「てんめぇええ!!」


 アルテが声を上げると、スクリタは胸ぐらを掴んだ。

 魔物の蘇生の魔法。死者を生き返らせる魔法は、人をアンデットに変えてしまう。

 魔物のしもべであるアンデットになる。

 すぐにエグジは再び横たわった彼女にまとわりつく藍色の煙を消そうとした。

 しかし、その前に、黄金の光が、藍色の煙をかき消す。


「!?」


 シャンテが、驚愕を顔に浮かべる。 

 予想だにしない反応。


「魔法が、弾かれた……? 蘇生が……」

「アンデット化の魔法を拒絶する魔法だろう!」


 スクリタは、シャンテを押し退ける。


「なんで聖女が呼べない!? 言ってみろ!!」

「……彼女は鍵をかけた。二度と、あの勇者とあの聖女が、間違って召喚されないためにも」

「何? なんだと!?」

「……そんな」


 スクリタが聞き出した情報に、エグジは絶望的だと額に押さえる。


「……彼女なら、そうする」


 ジェフも、自分の顔を押さえた。


「でも諦めない。そうだろう? なんとかして、方法を見つけ出せる。天才魔術師リリカの弟子だ。絶対に、不可能を可能にする彼女の弟子なんだ。出来る、そう言ってくれ。エグジ」


 しかし、希望は捨てていない。

 真剣な瞳で見つめてきたジェフに、エグジは頷いた。


「ああ、もちろんだ。絶対に……諦めない。保存の魔法をかける。腐敗を止めるために。どれだけかかっても、リリカ師匠の身体を守る。魔王シャンテ。二度と師匠に触れるな、近付くな。脅しじゃないぞ」

「去らないなら、この場で殺すわよ」

「昔から気に入らなかった。てめぇを殺すのに躊躇はしないぜ」

「リリカの弟子達と同じだ。ここから去って二度と来るな、魔王シャンテ」


 エグジのあとに、アルテとスクリタは構える。

 そして、ジェフも同じだ。

 魔王シャンテに敵意を見せる。

 シャンテは、ただベッドの上で動かない彼女だけを見つめると口を開く。


「弟子? 笑わせるなよ……彼女が望みを叶えられない出来損ないどもめ」


 笑うことなく、言葉を続けた。


「リリカ様がどうして弟子を受け入れたか、その理由すら知らないくせに」

「何?」

「リリカ様は、異世界に自分を帰してくれる存在が欲しかった。そのために弟子をとった。だが、お前達はリリカ様と同等の才能を持っていない。リリカ様はとっくにわかっていらっしゃった。そんな出来損ないのお前達に、彼女は救えないぞ。救えるわけがない」

「っ、黙れ!」


 シャンテに、エグジが掴みかかろうとしたが、アルテが止める。


「こんな魔物よりも、わたし達の方が救える!」


 アルテは言い切った。


「さぁ去りなさい! 師匠が眠るそばで、切り刻まれたくないのなら!!」


 風が巻き起こる。


「……」


 シャンテは、姿を消す。

 藍色の煙に包まれて。

 青の中に赤色がある瞳は、じっと彼女だけを見つめていた。


「……ありがとう、アルテ」

「一番弟子でしょ、しっかりして。師匠がなんでわたし達を弟子にしたかなんて、決まってるじゃない」


 そう、弟子にしてくれた理由をエグジ達は知っている。

 異世界に帰らせてもらうため、なんかじゃない。

 そんな理由も、少しだけあったかもしれないが。


「リリカ師匠は、おれ達に出来ることをやり抜く弟子として育てた。出来ることをやるんだ。リリカ師匠を救う。絶対に」

「……その通りだ。出来ることをやればいい。オレ達は、この人の弟子なんだ」

「うん、やり抜こう。絶対に出来る」


 三人の弟子は、意志を固くした。

 そして、眠る自分達の師匠に向かって、手を翳す。

 棺を作る魔法。

 そして保存の魔法。

 さらには保護の魔法をかけた。


「アイツも諦めないと思うぜ」


 スクリタは、シャンテのことを言う。

 彼も諦めない。


「わかってる。この家の鍵をかけ直そう。二度とアイツが、おれ達の師匠を触れないように」


 我が家に身体を保管して、厳重に施錠の魔法と防壁の魔法をかけた。


「……儀式を行うよ。聖女を呼び戻す」


 ジェフは、そう告げる。


 異世界の勇者一行を召喚する儀式は、祈りで発動する。

 祭壇の前で、密かに集めた人々に祈りを捧げさせたが、何日も何日も過ぎても聖女は現れなかった。

 魔王シャンテの言う通り。

 天才魔術師凜々花は、鍵をかけたのだ。

 間違って、呼び戻されてしまわないように。


 なんとか鍵を開ける方法を探しつつも、エグジはもう一つの案を出す。

 時間を巻き戻して、師匠を救うと言う手だ。

 死の原因を調べ、時間を巻き戻して、死から救う。

 それはとんでもない絵空事に聞こえてしまうだろうが、弟子達は本気で実現させようとした。

 何年かかってでも、絶対に救うために。

 愛する師を取り戻すために。

 決して、諦めない。



 彼女が息を引き取ってから、30日と3日が経過した。

 師匠である天才魔術師凜々花は、棺の中で目覚める。

 幼い身体となり、そして不死の者と変わって――――。



 

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