[2章7話-3]:音楽家の娘は親友の女子高生
「では第2問目」と、小峰はバイオリンを2丁並べてみる。
「これら二つは、作られた年代が大きく違います。どちらが古いでしょうかな?」
使われた曲目は、これも誰もが知っているであろうバッハの「G線上のアリア」。
今度は、子どもたちは目を閉じたまま音色を聞いていた茜音の方をじっと見ている。
「小峰さん、これを聞き分けるのは難しいですよぉ。どっちも……。父の音色がします……。最初の方はイタリアのストラディバリウス……200年以上前のものです。もうひとつは、国内製のピグマリウスでしょうか……。それでも木材の熟成がしっかり進んでいますので40年以上前のものだと思います」
小峰は拍手で正解を表した。
「素晴らしい。完璧にお見事です。そして、どちらもお父様の音色とおっしゃった。そのとおり。どちらもお父様から生前お預かりしている品です。こちらもお嬢様にお返ししますよ」
小峰が彼女の事を「茜音さん」から「お嬢様」に呼び名を変えている。茜音の両親が尊敬されていたことと同時に、茜音の中にその片鱗を見出せたのであろう。
「小峰さん……。こちらは父の形見としてそのまま使われてください。わたしはこちらで十分すぎますから」
茜音はイタリア製の名器を小峰にそっと手渡す。
「お嬢様……、そちらは練習用だとお父様がおっしゃってましたよ」
「いいんです。楽器は、分かる方が管理をしてくださって初めて素敵な音色を奏でます。わたしのバイオリンは音を出すのが精いっぱいです。練習用で十分すぎます。これからも多くの人の心を癒してくだされば父も喜びます。お時間のある時にわたしにレッスンしていただいてもいいですか?」
「お嬢様……。もちろん、この
目を赤くして、茜音の手をそっと包み込む。
「茜音って、やっぱり凄すぎる……」
「なんてシーンを目にしてるの、私たち……」
あとで二人が知るのは、小峰に譲った方が最低でも数億円、茜音が受け取った方でも家が1軒建ってしまう値打ちとのこと。
菜都実と佳織も、普段一緒にいる友人の驚異の素性には、感想を表現する方法が見つからなかった。
「では、私はこの辺で一度下がらせていただきますよ。お嬢様、あとはお願いいたします」
「えっとぉ……、任されても困っちゃうんだけどなぁ……」
さっきまでの騒ぎからいつもの声に戻り、少し考えた後……、
「それでは……、もう時間も遅いので、いつもお店で最後に弾かせてもらっている曲を行きますね」
ウィンディでの演奏の最後と同じように、菜都実が部屋の明かりを落とした中で茜音は『星に願いを』を初めての原曲弾き語りで披露した。
「ありがとうございましたぁ」
「え~?? 茜音さんアンコールはぁ?」
お店ではいつもこの曲をアンコール用に使っている。子どもたちに言われてしばらく悩んだ茜音。
「それじゃぁ……。まだ誰の前でも演奏したことがない曲です……。わたしの大好きな1曲を弾いてみますねぇ……」
しかし、彼女はすぐには鍵盤に向かわない。このピアノも彼女の母親が演奏したものだ。
「茜音ちゃん、大丈夫……?」
「うん。大丈夫だよ」
茜音は小さくうなずいた。あれだけの集中力を使ったあとでは、さすがに疲労も出てきているだろう。
「えっと……、みんなも知っているように、わたしの今回のお手伝いは今夜、そして明日は珠実園に帰ると終わりです。それなのに心配をかけてしまって、本当にごめんなさい……。迷惑をかけたおわびに何かと考えました」
茜音はそこで再びピアノに向き直った。
「最後は……、曲はみんな知っていると思います。映画、オズの魔法使いより『虹の彼方に』です。聞いてください……」
"...Somewhere Over the Rainbow..."
映画を見たことがなくとも、あまりにも有名で、色々とカバーされているから、この曲を聴いたことがない人はいないだろう。菜都実たちも曲自体は知っているけれど、茜音の弾き語りは初めてだ。
「……わたしも幼い頃に両親を亡くして、皆さんと同じように施設で育ちました。いろんなことがあるかもしれないけど、わたしはあの経験があったから、今があるんだと思ってます。わたしは将来、皆さんのお手伝いができるように勉強して戻ってくることを約束します……」
静まりかえった部屋の中で、茜音の手が鍵盤から離れた。
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