[2章7話-2]:これまで見たことのない実力




 今年の演奏会は特別だ。これまでのソロではなく、組み合わせを自由に変えられる。


 目配せでタイミングをとったり、強弱も自在なところに、プロである小峰と、それに即座に応えられる茜音の実力は付け焼刃ではない。


 小さな子達が歌えたり退屈しないような選曲で、あっという間に感じてしまった小一時間をセッションで演奏したあと、二人は小休止の水を口に含み、茜音に進行が任された。


「せっかくなので、このあとはわたしたちの歌を入れていきますねぇ。曲だけ決めてぶっつけ本番なので、間違えちゃってもごめんなさい。英語の歌詞ですけど、小学生のみんなでも聞いたことがあると思います」



 再びのアイコンタクト。茜音の手が鍵盤の上を走り、小峰がバイオリンの音色を重ねる。


「ん? このイントロどっかで聞いたことがあるような……」


 菜都実がつぶやく。


 英語の歌詞であったけれど、メロディーは頭にすっと入ってくる。


「あ、『美女と野獣』だ……」


「そっか、二人だからデュエットできるんだ……」


 男性パート歌唱が入る部分の伴奏はピアノのみに委ねる。


 本来は分厚いオーケストラ譜面を即座にピアノ用にアレンジしてしまうなんて、もはや高校生の域を超えている。また普段お店ではボーカルを入れない。はじめて聞く茜音の声量はマイクを通していない。三人で行くカラオケのそれとは全く違う。


「すごぉい……」「すげぇ……」


 演奏だけにとどまらず、実際の年齢を超えた歌唱力を見せられては、いつも一緒にいる二人でもただ驚くしかない。


「健君も相方歌えるようにならないとねぇ」


「えぇ? あんなの無理だなぁ」


 これを即興で行えるのは素質も当然ながら、友人たちには内緒のトレーニングを行っている証拠だ。そうだとしても、普段見たこともない目つきから、頭の中をフル回転させるような集中力を投入しているのが分かる。


「茜音ちゃんのは特技というより、生まれ持ったものでしょ?」


 里見は初めて見る茜音の別の顔に驚きを隠せない様子だ。


「まさに美女と野獣ならぬおじさんでした。さぁ、ここで今日は皆さんにクイズをお出ししたいと思います。難しいかもしれませんが、挑戦してみてくださいね」


 小峰はホールの隅に設置してあるステレオの方に歩いて行った。


「これから、同じ曲を2回流します。片方がこちらにあるピアノで、もうひとつは秘密の場所で録音したものです。みんなに答えてもらいます。どちらかお分かりですかな?」


 ピアノの演奏曲は、ベートーベン作曲の「エリーゼのために」の冒頭部分。習ったことがない子たちでも聞きなれたものの選曲は小峰らしい。


 それを2回再生する。


 子どもたちが、「1回目」、「2回目」だと叫んでいるが、茜音は答えを出さない。


「茜音さんはいかかですかな?」


「どちらも聞いた記憶がある音なので……」


 茜音は最初の音色のキーを押し込んでみる。


「そうですね。こっちです。1回目のがこのピアノで、スタインウェイのD-274。当時も丁寧に調律されていますね。2回目のは……、たぶんお家にあるカワイのSK-EXだと思います。しばらく使われていなかったので、この間フルメンテナンスをお願いしたら、『ここにあったのか!』と驚かれて、ピアノ工場の職人さんを呼んでこられる騒ぎになったんですよ」


 茜音が何気なく調律をお願いする電話をかけてからの騒ぎを手短に話す。


「素晴らしい。正解は1番目がこのピアノです。2回目のは茜音さんのおっしゃったとおり。型番まで見事です。どちらもお母様の演奏を録音したものですよ」


「茜音姉ちゃんすげぇ!!」


 みんなの興奮はそれだけに収まらない。


 小さい子たちは大騒ぎだけども、健をはじめとしたメンバーはすでに言葉が出なくなっていた……。

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